性犯罪改正法案成立に尽くした市民パワー
17.08.01 | 非営利・公益
本年6月16日に刑法の性犯罪改正法案が成立し、この7月13日から施行されました。性犯罪を巡る大幅な法改正は、明治時代の刑法制定以来110年ぶりとなります。今回の改正の動きに大きく貢献した4つの市民団体があります。
いずれも性犯罪被害者を支援する、「ちゃぶ台返し女子アクション」・「明日少女隊」・「NPO法人しあわせなみだ」・「性暴力と刑法を考える当事者の会」で、『刑法性犯罪変えよう!プロジェクト』を結成し、大々的なキャンペーンを行ってきました。性暴力の実態や、刑法の問題点についての理解を広めるために、アートや漫画というこれまでにない手法を用いたり、各地で若者向けのワークショップを実施するなどの活動は、ニュースでも多く取り上げられ注目されてきました。このチームは、今回の改正を一定評価しながらも、なお内容が不十分としていて、今後もさらなる改正を目指した活動を続けるものと思われます。
今回の改正内容と、今後の課題とはどういうものでしょうか。
■何が変わったのか
(1)罪名の変更
これまでは「強姦罪」という罪名であったのを「強制性交等罪」に変更となりました。
(2)犯罪対象行為の拡大
これまで刑法上の対象犯罪は「女子を姦淫(男性による女性への性器性交)」することに限られていました(強姦罪)。今回の改正で、これに「口腔性交」「肛門性交」まで処罰範囲を拡大し、これらを含めて「性交等」と言う表現にしたものです。
(3)男性も被害者に
さらに、「女性」に限られていた被害者を「女性以外」にも拡大されました。つまり男性も被害者となりうることとなりました。
(4)刑期の引き上げ
これまで「3年以上」だった刑期を「5年以上」に引き上げ、さらにその際に死傷させた場合は「5年以上」から「6年以上」に引き上げられました。
(5)監護権に乗じた性犯罪の創設
18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてわいせつな行為又は性交等をした場合について、強制わいせつ罪又は強制性交等罪と同様に処罰する罪が創設されました。
(5)「まず強盗してから強姦」と「まず強姦してから強盗」の量刑合わせ
これまでは「まず強盗してから強姦」のほうが重かった量刑を「7年以上」に合わせました。分かりにくいので解説しますと、これまでは強盗強姦罪は「強盗が女子を姦淫した」(強盗してからついでに強姦)した場合のみを規定していたため、強姦した犯人がその後に後盗の故意を生じて被害者から強盗行為をしたときは、強盗罪と姦罪盗の併合罪とされ、処断刑は強盗姦罪よりずっと軽いものとされるというおかしなものでした。これを変更して、行為の先後関係を問わず、無期又は7年以上の懲役とし、罪名を「強盗・強制性交等罪」としました。
(6)非親告罪化
これまでは被害者が自ら告訴しなければ捜査が開始できませんでしたが、告訴がなくても起訴できるよういなりました。これにあわせて、わいせつ目的・結婚目的の略取・誘拐罪等についても、同じく非親告罪となりました。これまで、罪に問うかどうかを被害者が決めるという親告罪の仕組みは、被害者の精神的負担が重く、性犯罪が潜在化する一因となっていたため撤廃されたものです。この親告罪の規定撤廃は、改正法の施行前に起きた事件にも原則適用されます。これを受けて、法務省は「事件の処分の際には、被害者の意思を丁寧に確認するなど、心情に配慮する」よう求める通達を全国の検察庁に送りました。
(7)廃止された罪
今回の改正にともなって、2人以上で性犯罪を実行した場合の罪として設けられていた集団強姦等罪及び集団強姦致死傷等罪は、量刑の都合で廃止されました。
■市民団体が指摘する改正法の「課題」
(1)暴行脅迫要件が残されたこと
今回の改正法では、被害者支援団体が撤廃修正を求めていた暴行脅迫要件は維持されました。つまり、被害者が13歳以上の場合、加害者から暴行脅迫があったことが裁判で立証できなければ有罪とならないことは、これまでと同様となりました。
(2)監護権以外の地位関係性は考慮されないこと
性犯罪は上下の人間関係に基づき行われますが、「教師から生徒」「上司から部下」「先輩から後輩」といった関係性は、これまで同様考慮されないこととなりました。
(3)集団強姦罪がなくなったこと
「集団強姦罪」が、量刑の都合により削除された点は批判の対象とされています。
■暴行脅迫要件について
被害者支援団体が撤廃修正を求めていた暴行脅迫要件は維持されました。「暴行又は脅迫」は、反抗を著しく困難ならしめる程度のもので足りると解されていて、被害者の年齢、精神状態、行為の場所、時間等諸般の事情を考慮して、社会通念に従って客観的に判断されなければならないものとされています。このため、男性目線で言えば、さほど抵抗もなかったうえでの行為に対して有罪とされることも多く見られています。しかし、事案によっては、この認定を厳しくして、本来処罰されるべき事案が無罪等となっているのではないかとの問題意識は指摘されてきました。特に強い恐怖心から明白な暴行・脅迫がなくても身体が硬直したり声が出なくなったりする性犯罪被害において、無罪とされたケースを例に、暴行・脅迫要件を緩和すべきとの主張が強くなされてきました。
■「同意に関するワークショップ」
この問題に関して、『刑法性犯罪変えよう!プロジェクト』が、「同意に関するワークショップ」などの活動をしているのが注目されています。
これは、性交渉において、男女の「同意」に関する考え方に著しく差がある場合がある点を認識し合おうというものです。
これまで、こういった問題については、女性側に防犯意識を求めるのが主とした予防活動でしたが、「加害者に同意を取ること」を教える動きとも言えます。被害者に「注意せよ」と言い続けているだけではなく、加害者になる可能性のある男性に意識改革をするものです。性交する関係は対等であり、上下関係ではないこと、相手を尊重することの必要性を学ぶことは、これからの社会に必要なことだろうと思います。
社会が真に求めるべきものは、性犯罪者を厳しく処罰するだけではなく、性犯罪の撲滅です。性暴力防止のための教育現場における取組や、発生してしまった被害に対する被害者支援の充実など、作っていかなければならない課題は、まだまだ多くあります。
■刑事弁護の視点
刑事弁護の視点からしたら、暴行・脅迫要件の一般的な撤廃をした場合、同意のもとであった場合の救済という面で、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事法の原則との関係で問題が生じるおそれがあるとも言えます。弁護士として、刑事弁護を引き受けた場合は、国家権力によって身柄を拘束されている加害者被告人の人権を守ることが主眼となります。そのこと自体の重要性も忘れられてはなりません。
これらを俯瞰的に考えながら、よりよい社会に向けてどうあるべきか、市民の力で考えていかないとならないと思います。
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