大阪プライム法律事務所

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ミサイルが飛んできたら

17.10.01 | ニュース六法

9月29日、韓国のメディアが、北朝鮮の平安南道(ピョンアンナムド)南浦(ナムポ)造船所で潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の水中発射試験とみられる動きが捉えられたと報じています。北朝鮮が、今年に入ってから、たびたびにわたってミサイル発射を繰り返し、また核実験も重ねて行ったりしています。隣国の脅威と言って静観してきたが、万が一、北朝鮮が暴走して核ミサイルを日本に向けて飛ばして国内に飛び込んできたとき、大量の死傷者がでるし、建物や家財などへの損害も想像がつかない事態になることが予想されます。

こんなとき、個人に生じた損害について、誰が損害を賠償・補償してくれるのか、保険などで自己防衛するしかないのか、その保険金すらはたして出るのか、多くの疑問は出てきます。架空で終わってほしいですが、念のために整理してみました。

■日本の裁判所で、北朝鮮に対し損害賠償請求ができるか。

もし、北朝鮮がミサイルを撃ち込んできたとか、過失で落下してきたために、個人が多大な損害を受けたとき、北朝鮮や金正恩への損害賠償請求を日本の裁判所に申し立てることはできるでしょうか。
結論としては、仮に訴訟を提起しても、審理に入る前に却下(門前払い)されてしまいます。

外国政府に裁判権が及ぶとすると、その国に対する主権侵害のおそれがあるため、国際慣習法上、外国政府やその機関を自国内で提訴することは原則的にできないものとされてきました。実際にも、民事訴訟を起こされた外国政府について、昭和3年(1928年)の大審院判決において、「日本の裁判権に服しないことを原則とする」とされ、以降、「絶対免除主義」の原則がとられてきました。

ただし、この絶対免除の原則は、平成18年(2006年)7月21日に、最高裁で「外国政府も民事裁判の被告になる場合があることを認めた判決が出ました。外国政府は裁判の当事者にならないとする「絶対免除主義」を転換するものでした。これは、外国政府と商取引をしていて契約違反があったときなどの私法的な行為について外国政府を訴えることは可能としたものです。その事案は、パキスタン政府にコンピューターを販売した日本の貿易会社が、同国政府に販売代金など約18億円の支払いを求めた訴訟で、このような商取引などの私的行為については訴えることが可能としたものでした。

しかし、ミサイルの発射は公法的な行為と言わざるをえません。このためやはり、訴えることは難しいというしかありません。 

ただし、この主権免除というのは、本来対等な国家が、一つの国が被告となって日本の国の裁判所で裁判手続を受けるということは、日本国の司法権、国権に服することになって、これは対等な国家としてはおかしいのだという発想でからきています。そうすれば、これは、互いに相手を国家として認めあっているところで互いが平等であるということからくる論理ですから、未承認の国家は入らないという解釈もありえます。そうすると、日本では北朝鮮に関してはそもそも国家として承認せず主権を認めていないことから、主権免除は成り立たないという考え方も出てきそうな気がします。この点、平成21年に成立した「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律案」の審議の中でなされた政府委員(法務省)の国会答弁では、未承認国家に対して、日本の裁判所の民事裁判権に服さないといった確立した国際的な取扱いとか、あるいは過去のそういった国際的なやり方というものはないとして、そういうところに対して民事裁判権からの免除を認めるべき法的義務はないと述べられています(第171回国会法務委員会 平成21年4月16日 政府委員答弁)。これは企業などが外国政府と取引した件での訴訟を念頭にした法律案の審議中のことであって、今回のような事案に同じことが言えるかはわかりませんが、理屈は同じかもしれません。そうすると、訴訟は提起できそうですが、果たして裁判所はどういう判断をくだすのでしょうか。ちなみに訴状の送達方法から問題は山積みではありますが。詳しい方があれば、ご教示ください。

■日本国政府に対して国家賠償請求ができるか。

北朝鮮がだめなら、日本国に対して、ミサイル攻撃で受けた損害の補償を求めることができるでしょうか。今の時点では、北朝鮮や他国からの攻撃によって、国民の人命や財産に被害が生じた場合の補償について、直接に定めたような法令は見当たりません。また、外国による違法な攻撃に対して、基本的に日本政府が賠償をする義務自体はないと言わざるをえません。 

ただし、ミサイル被害が容易に防げたのにもかかわらず、政府が無能で何もしなかったというようなこと(不作為)があったならば話は別で、日本政府の賠償責任が認められる可能性はあるかもしれません。日本政府は、北朝鮮に対する防御力を強化するなどの努力はしているようですから、そういった場合が不作為となるのか、分かりにくいところです。 

なお、ミサイルの迎撃によって、その結果、個人的被害が生じた場合はどうなるでしょうか。迎撃行為自体は、政府が勝手にしているのではなく、自衛隊法第82条の3(弾道ミサイル等に対する破壊措置)、自衛隊法第82条の3第3項に規定する弾道ミサイル等に対する破壊措置に関する緊急対処要領に基づいて行われます。ここで、明らかな誤射によって被害が生じた場合はともかく、これらの行為が適正に執行され過失がないようなときは、迎撃ミサイルの発射が他の人命や財産に対する被害を守るための正当防衛行為であるということで、違法性が否定され、賠償義務も生じないものとなる可能性があるかと思います。
ただし、被害を受けた個人が単に「気の毒でしたね」で終わるかどうかとなれば、何らかの立法で特別な救済がなされることもあるかもしれません。 

■生命保険や損害保険で、死傷や財産損害について保険金が支払われるか。

ミサイル落下で、死傷したことについて、生命保険や損害保険は支払いがされるでしょうか。ネットを見ると、多くの方が解説をされています。 

詳しくはそれらを読んでいただければと思いますが、生保会社・損保会社の約款のほとんどには、免責事項として、「地震・噴火または津波、戦争・その他の変乱」「戦争、外国の武力行使、革命、政権奪取、内乱、武装反乱その他これらに類似の事変または暴動」などの場合は保険金は支払わない旨の記載があります。そのことから、北朝鮮からの核ミサイル攻撃は、「戦争」、「外国の武力行使」という免責事項の対象になるとして、保険金が支払われない可能性があります。 

■保険会社は絶対に払わないか。

これらを免責の対象にしたのは、大地震などの場合には大量の死傷者が出る可能性、予測が困難、大規模被害に対して全て保険金の支払い義務を負ってしまうと、保険会社が破たんする可能性があるからとされています。しかし、実際に生じた災害においては、保険金が支払われないかというと、過去の例からいえば必ずしもそうではありません。例えば、阪神大震災や東日本大震災のときは、国内のほとんどの保険会社は保険金を支払いました。これは、仮に支払っても破たんを招くほどのものではなかったからと考えられています。したがって、ミサイル落下での損害の規模によっては、免責を主張せずに支払われることもあると言えます。ただし、さすがに、大都市に核ミサイルが着弾してしまうと、死者は莫大な数に上るでしょうし、建造物の被害も相当な規模になっていくのは必至です。こうしたときは、保健支払いは「免責」と宣言することになるかもしれません。 

■杞憂という言葉があります。中国古代の杞の人が、天が崩れ落ちてきはしないかと心配したという「列子」の故事から、心配する必要のないことをあれこれ心配することを言います。「杞憂に終わる」というように使用されています。北朝鮮のミサイル問題は、このように多くの心配や問題を生みだしていますが、それこそ、杞憂で終わればいいと思います。

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