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三六協定結ばず残業代未払い 愛知の公益財団法人に是正勧告

18.01.07 | 非営利・公益

昨年末に、中日新聞が、NPO法人の支援事業をする公益財団法人「あいちコミュニティ財団」(名古屋市東区)が、三六協定を結ばずに職員に残業をさせた上、残業代を支給していなかったとして、名古屋北労働基準監督署から是正勧告を受けていたことが、財団関係者への取材などで分かったと、大きく報じました。
評議員で構成した調査委員会の報告書等で、元職員2人への未払い残業代が過去2年分で計約180万円あったこと、その2人は代表理事からのパワハラの被害も申告していたこと、委託業務や基金事業の経費計上の仕組みも不明確だったことなどが報道されました。その代表理事は12月6日付で引責辞任したようですが、年末年始にかけて、NPO関係者の間で大きな話題になっています。

■中日新聞記事(2017年12月30日)
NPO法人の支援事業をする公益財団法人「あいちコミュニティ財団」(名古屋市東区)が、職員との間に時間外労働に関する労使協定(三六協定)を結ばずに職員に残業をさせた上、残業代を支給していなかったとして、名古屋北労働基準監督署から是正勧告を受けていたことが、財団関係者への取材などで分かった。
財団の評議員でつくる調査委員会の報告書や関係者によると、残業代の未払いは元職員2人に過去2年分で計約180万円。2人は、代表理事からメールで暴言を受けるなどしたとしてパワハラの被害も申告した。財団は愛知県など10以上の委託業務や基金事業を展開しているが、各部門ごとの経費計上の仕組みも不明確だった。報告書では「信頼を基本に成り立つ公益財団法人の根幹を揺るがす、ゆゆしき事態を招いた」と指摘した。代表理事は今月6日付で引責辞任した。
前代表理事は本紙の取材に「労務関係の知識に欠けていた。職員への言い方や態度、伝わり方が押しつけや重圧に感じる部分があったかもしれない」と残業代未払いとパワハラを認めた。
財団は2013年4月、発起人約650人の寄付総額950万円で設立され、翌14年4月に県から公益財団法人として認定。大村秀章愛知県知事、河村たかし名古屋市長が顧問を務める。社会問題に取り組むNPO法人支援や寄付を基に事業を担い、財団ホームページによると、今年11月末現在の寄付総額は約7140万円に上る。http://www.chunichi.co.jp/s/article/2017123090085257.html

■財団のお知らせ
これを受けて、翌12月31日に、同公益財団のホームページに「【ご案内】昨日の中日新聞の報道について」として、副代表理事名で、中日新聞に報道されたが前代表理事は労務上とマネジメントの面で不手際があり、評議員会の調査結果を受けて、12月6日付けで辞任したこと、36協定未締結や時間外賃金の不払いはすでに是正されたこと、後任の代表理事の選任手続きを進めていることなどが説明され、辞任した元代表理事のお詫びの言葉が掲載されました。
http://aichi-community.jp/news/24589

その後、年を越した1月4日には、「【お詫び】代表理事辞任に関する経緯と顛末及び今後の対応について」と題する記事が掲載されました。http://aichi-community.jp/news/24598

内容を整理してポイントだけを書き出すと以下の通りです。
1.経緯及び顛末
(1)2017年6月30日付で退職した職員2名から7月11日付で未払い賃金の支払い請求があり、併せて代表理事からパワハラを受けていた旨の申告があった。
(2)両名からの申し立てにより9月8日に名古屋北労働基準監督署より以下の3点を是正するよう求めた是正勧告書が出された。
①労働契約の締結に際し賃金の労働条件について書面の交付により明示していないこと。
②法定の除外事由無く労働者に休憩時間を除き1週間について40時間、1日について8時間を超えて、労働させていること(36協定の未締結)
③法定労働時間外の労働に際し割増賃金を支払っていないこと(不足分について過去2年間に遡及して支払うこと)
(3)9月25日に臨時評議員会を開催し、弁護士を委員長とする組織改革委員会を設置し、関係者のヒヤリング、事務局の調査を行った結果、11月27日の臨時評議委員会にて、「組織改革委員会の報告及び提案書」を示し、代表理事に辞職勧告、全理事に善管注意義務の観点から辞職勧告を提案し、併せて新任理事を提案し承認した。
(4)12月6日の理事会にて全理事が辞職し、同時に新体制が発足した。しかし代表理事に選任された理事の所属機関から公益財団法人への代表就任が承認されず、本人同意が得られなかったため、現在、代表理事は空席になっている。
(5)現在、電磁記録による書面評議員会で大学名誉教授の理事選任が提案されており、承認後、1月10日の理事会にて代表理事に選任の予定。

2.組織改革委員会の報告及び提案書の概略(11月27日臨時評議員会において報告)
(1)労務問題については、代表理事に労務に関する認識が不足していたことが原因(①については現スタッフと労働条件で交渉中。②については10月10日に36協定を締結済。③については10月31日に未払い賃金を元職員2名に支払済)
(2)会計問題については決算書類と財団内の資料と齟齬はなく適正であった。但し、事業別収支仕訳ルールなどが財団内に共有されておらず説明が不足しており改善が求められる。
(3)マネジメントの問題については、本人が厳しい指導のつもりでも、職員がパワーハラスメントを感じることは深刻な事態である。代表理事は当事者でありその責任は重く、他の理事は善管注意義務の観点と体制刷新を外部に発信する意味で辞職を勧告し、新体制の理事を推薦した。併せて、常務理事会が機動的に機能し、業務改革が進むよう提案した。

3.あいちコミュニティ財団の立て直しに向けての今後の対応(略)

■衝撃走る
この事件は、報道されるまで外部に知られていなかったこと、この財団が、NPO支援において大きな役割を果たしていたこと、助成事業を通じて他のNPO法人の評価をする立場であったことなどから、愛知だけではなく、全国のNPO関係者には大きな衝撃が走っているようで、多くのSNSなどで驚きが発信されています。

この公益法人内部で何が生じていたのか、当事者ではないので真実や背景などを把握していませんが、記事やホームページの記載を読む限りでは、最も大きいのは時間外労働やパワハラなどの労務管理上の問題であるように思われました。会計上の指摘もされています。これらの問題は、ある意味で、多くのNPO法人や公益・一般法人等でも共通する問題点でもあるのが、余計に関心を呼んでいるのかもしれません。

これについて、関西学院大学の岡本仁宏教授は、Facebookにて、この問題を注視するのは、決して有力な若いリーダーの個人責任を問うたり批判するためではなく、こういう地域での中間支援的・基幹的な法人の問題についての対処の方法が、セクター全体に大きな影響があると考えるからと述べておられましたが、まさにその通りだと思います。 

現時点では、公表された以上の詳細は分かりませんが、どのような事態が生じていたのかの経緯を含めた事実関係、ガバナンス機能が有効でなかった理由、どのような改善をしたのかなど、詳細を公表することは、今後の他の団体の組織運営上において有益な情報になるかと思います。ぜひ、お願いしたいところです。

■労務の問題について
今回は会計上の指摘もあるところですが、労務問題に絞って記載をしますが、NPOの世界においては、「NPOにも労働基準法の適用はある」という当然すぎることが、認識されていないとか、無視されたりしているとも思えるところがあります。特に、NPOの世界では、課題の解決に向けた活動をボランティア精神でもって動くという雰囲気があります。そのうえで、財務的に厳しい法人が多いこともあってか、そこに労働法規が入り切れていない面があるように感じます。完全に労働法規を遵守していると言い切れる組織はないかもしれませんが、決して軽んじてはならないことは当然です。

また、パワハラ問題も同じで、ミッションに向けた活動の過程で、リーダーについ力が入りすぎて、スタッフを厳しく叱責したりするなどのハラスメントが発生しやすい土壌があるように思います。しかし、人権の尊重があってこその活動であり事業であること、社会全体の流れが労働環境としての各種ハラスメント排除の方向にあることからして、これらのことに、鈍感であっては絶対にいけません。 

■36協定について
今回の労基署からの是正勧告の②にある、法定の除外事由無く労働者に休憩時間を除き1週間について40時間、1日について8時間を超えて労働させていたとの指摘は、「36協定が未締結であったこと」が前提にあります。

36協定とは、正式には「時間外・休日労働に関する協定届」といいます。 労働基準法第36条が根拠になっていることから、一般的に「36協定」という名称で呼ばれています。

事業所が法定労働時間以上の残業や法定休日出勤を従業員にさせる場合は、労使間で「時間外労働・休日労働に関する協定書」を締結し、別途「36協定届」を労働基準監督署に届け出ることになっています。(右上の写真が「36協定届書」)(なお、この「36協定届」に労働者代表の署名又は押印がある場合は協定書と届出書を兼ねることができます。)

注意しないとならない点は、就業規則の作成と届け出は、「常時10人以上の労働者を使用する使用者」とされていますが、この36協定は労働者が1人であっても、時間外労働をさせる場合や休日労働をさせる場合には、届け出が必要となります。これを出さずに時間外労働をさせると労働基準法違反となります。まさに、すべての事業所に必要な協定ということです。

しかし、実態はどうかということになると、厚生労働省の平成25年労働時間等総合実態調査によると、中小企業(常時使用する労働者が300人以下などの企業)で、36協定を締結している事業場割合は55.2%ということです。ただ、そうであるからと言って、法的に許容されるわけではありません。自ら積極的に届け出をする姿勢が大事かと思います。

■労基署の是正勧告とは何か
今回報道されたのは、労基署からの是正勧告の事実です。きっかけは「定期監督」と「申告監督」のいずれかから始まります。前者は「定期的・計画的調査」といい、後者は「従業員の申告に基づく調査」です。
定期監督の場合は、多くの場合立ち入り調査はなく、必要書類を持参のうえ事業所が労働基準監督署へ出向くように求められます。

今回は、報告書からすると、「申告監督」からのようです。これは、労働者からの申告に基づいて実施される調査です。残業不払については、36協定を結ばずに残業をさせ割増賃金を支払わなかった場合や、36協定を結んでいても限度時間以上に残業をさせ割増賃金を支払わなかった場合に、労基法違反を理由として所轄の労働基準監督署に申告することができます。
このような場合、申告事実を中心に臨検(立ち入り調査)が行なわれます。監督官が事前に通知をせずに突然やってくることもあるし、電話で事前連絡されてからくるときもあります。申告監督の場合は、労働者が労働基準法違反の事実をあらかじめ伝えているので、その事実を中心に重点的にかつ厳しく調査が行なわれます。
調査を行なった結果、労基法違反の事実が見つかれば、是正勧告が出されます。ただし是正勧告は行政指導であるため、あくまで任意の協力であって法的強制力はありません。未払い残業代については遡及支払いという勧告をして、将来に向けての改善をうながすのが一般的です。ただし、是正勧告を受けて放置していたり虚偽報告などをすると、刑事罰へと発展していくことになりえます。是正勧告書を受け取った場合は、改善策を記載した「是正報告書」を提出することになります。

■労働基準監督署の調査事項(ご参考に)
時間外手当に関しての一般的な調査内容はおおむね以下の通りとされています。
・36協定があるか
・残業単価の計算が適正か否か
・残業時間と残業手当の金額が合っているか
・管理監督者の取扱いに間違いはないか
・就業規則があるかどうか
・法改正に合わせて就業規則が変更されているかどうか
・最低賃金法を守っているかどうか など

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