社会保険労務士 吉田事務所

医師が患者への治療を拒否できる場合とは?

19.03.27 | ビジネス【企業法務】

医師は、医師法19条1項において患者から診察治療を求められた場合は正当な事由がない限り、診察治療を拒否できないと定められています(医師のみならず、病院も同様に診察治療は拒否できないと理解されています)。
これを医師の『応招義務』といいます。 
もっとも、医師は常に診察治療を拒否できないわけではありません。 
今回は、医師が診察治療を拒否できるのがどのような場合かについてご説明します。

診療拒否が認められる『正当な事由』とは? 

医師が応招義務に違反した場合、法律上、刑事罰は課されません。 
しかし、刑事罰がないからといって、応招義務を軽く考えることはできません。 

なぜならば、医師が応招義務違反を繰り返した場合、医師免許の取消または停止という重い行政処分が命じられる可能性があるからです。
また、医師が患者から民事上の損害賠償請求を受ける場合もあります。 
『正当な事由』の有無については、行政の解釈が通達という形や裁判例にていくつか示されています。 

まず、行政の解釈においては、昭和24年に発せられた通達にて『正当な事由』は具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべきという一般的な解釈が提示されました。 
昭和30年に発せられた通達にて、救急医療の事案においては、正当な事由が認められるのは、「医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合に限られる」という極めて厳格な解釈が示されました。 
その後、昭和49年に発せられた通達にて、地域において夜間急患診療体制が確保されている場合、医師が患者に対して、休日夜間診療所等で診療を受けるよう指示することは正当な事由にあたる(つまり、診療を拒否しても適法)との行政判断が示されました。
もっともこの場合においても、患者に対し直ちに応急の措置が必要な場合は、医師は診療に応じる義務があるとされています。 

次に、裁判例においては、救急事案にて『正当な事由』を、「原則として医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合とする」とかなり厳格に判断したものもありますが、その他の事案においては、事案の実態に応じてさまざまな判断がなされています。 
全体的な裁判例の流れとしては、通常医療においては正当な事由該当性判断を緩やかに判断し(医師の診療拒否を認める)、救急医療においては厳格に判断している(医師の診療拒否を認めない)といえるでしょう。 


行政解釈と裁判例の判断傾向 

このような行政解釈と裁判例の判断傾向を具体例に照らして大まかにまとめると、以下のようになります。 

1.休日に急患の診療を求められても、その地域にしっかりした休日夜間診療体制が敷かれている場合は、医師が休日夜間診療所での受診を指示し、診療を拒否しても、適法となります。 

2.過去の診療費未払患者から診療を求められた場合、診療費の未払いを理由に直ちに診療が拒否できるわけではありません。
しかし、資力があるにもかかわらず、再三説得や督促を行っても支払わなかったような場合は、診療を拒否しても適法となる場合があります。 

3.医師の注意や説得を聞かず、医師や看護師、ほかの患者を萎縮させるような暴言を吐く患者に対しては診療を拒否できる場合があります。 

4.医師が病気で重症な場合は、診療を拒否できる場合があります。 

5.医師が専門外の診療を求められた場合には、可能な範囲で応急処置をする必要があり、直ちに診療を拒否することは認められません。 


今後の『正当な事由』の見通しは? 

では、今後も『正当な事由』の行政解釈と裁判例の判断傾向は、変わらないのでしょうか。 

現在では、医師数は増加し、夜間急患診療体制も充実化しています。 
また、美容医療のように必ずしも緊急対応が必要ではない医療もありますし、いわゆる『医師の働き方改革』により、医師の業務量を減らす方向での議論もすでになされています。 
このような傾向から考えると、診療を拒否できる『正当な事由』は、今より広く解釈され、医師による診療拒否が認められるケースは増えると想定されます。 
医師の方々は今後どうなるのかを判断するうえで、今後の行政、司法の動向に注目する必要があるでしょう。 


※本記事の記載内容は、2019年3月現在の法令・情報等に基づいています。

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