大阪プライム法律事務所

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ゴーンショックと保釈問題

20.01.04 | ニュース六法

年末に被告人カルロス・ゴーン氏が日本からレバノンに逃亡したという驚きのニュースが飛び込んできました。現在、国際刑事警察機構(ICPO)により国際逮捕手配書(赤手配書)にて国際手配されています。ルノー・日産・三菱アライアンスの元社長兼最高経営責任者(CEO)が起こした前代未聞の国際逃亡事件です。まるで映画のような話ですが、今後どうなっていくのか気になるところです。さまざまな法的問題が噴出していくと思いますが、まずは保釈に関する点に絞って考えてみました。

■国外脱出報道について
最初の報道は、レバノン発信でした。同国の当局者によると、ゴーン氏は日本を秘密裏に出国し、プライベートジェットを用いてトルコを経由しレバノンのベイルート国際空港に日本時間の2019年12月31日午前6時30分過ぎに到着したということでした。当初は「クリスマスディナーの音楽隊を装った民間警備会社のグループが、ゴーン氏の滞在先に入って楽器のケースに隠して連れ出した」というような報道もされましたが、最近は徒歩とタクシーで六本木のホテルで男2名と落ち合い、新幹線で大阪に向かい、関空近くのホテルで箱に入って、プライベート機に乗り込んで出国したとかいう報道も出てきていますが、真相はいまだ不明です。 (絵柄はレバノン共和国国旗)

■保釈取消と「没取」
東京地裁が保釈を認めるにあたって、たくさん付した保釈条件の中に、「海外渡航の禁止」がありました。これに違反したということになります。東京地検は、報道当日の12月31日、東京地裁にゴーン氏の保釈取り消しを請求し、同日夜、東京地裁は保釈取消決定をし、保釈金15億円の没取決定もされました。

保釈される場合に裁判所に納める保釈金は、刑事裁判が終われば全額が返還されます。しかし、被告人が逃亡したり、罪証隠滅を図ったり、保釈条件に違反したりした場合、裁判所は保釈を取り消したり(刑訴法96条1項)、保釈保証金の全部又は一部を「没取」したりできます(同条2項)。今回のケースはこれによります。マスコミは「没収」という表現をしますが、法律の正しい表現は「没取」(ぼっしゅ)です。ただし法曹界では「ぼっとり」と言うのが慣例です。何となく「ぼったくり」の語感があります。

大阪の山中理司弁護士が最高裁に開示請求した司法行政文書(保釈保証金の没取金額)をホームページで公表していますが、それによると、全国で、平成29年度:1億9,120万円、平成28年度:1億1,370万円、平成27年度:1億2,055万円、平成26年度:8,120万円、平成25年度:7,580万円と、平成30年度は分かりませんが、令和元年度は今回の15億円が加わるので、一気に10倍以上に跳ね上がることになったものと言えます。普通の人物ならば、高額な保釈保証金が返ってこなくなるのを恐れて逃げたりはしないものですが、ゴーン氏にしてみれば自由が手に入るならば15億円など惜しくはなかったのだろうと思います。2019年は保釈中の被告人の逃亡事案が相次ぎましたが、その象徴的な年の最後に大きな逃亡劇が生じたことになります。 

■保釈制度への影響の心配
今回の事件で、弁護士としては保釈に対する社会からの反応への悪影響が心配です。今回の事例をもとに、保釈は厳しくあるべきという意見が見られ始めています。日本のメディアの一部には、保釈を安易に認めたとして裁判所や弁護士を批判するような論評があるのは大きな問題だと思います。保釈請求は被告人の持つ権利です。単に治安維持の観点で保釈制度を考えるのは正しくありません。圧倒的に多くの被告人は保釈されても逃亡せず、裁判所に出頭して裁判を受けています。今回のような特殊事案を持ち出して厳しくせよというのは筋違いです。

そもそも、今回のゴーン氏事件では、海外から日本の刑事司法制度の異様さが多く指摘されました。最も驚きで見られたのは、取り調べに弁護士が同席できない点や、長期勾留の運用実態などです。海外メディアからは、日本のこうした実態に「人権軽視が甚だしい」と言われつづけました。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルにおいては、「共産主義の中国の出来事か?いや、資本主義の日本だ」などと揶揄されたりしていました。

その中で、長期にわたる勾留の運用実態に関して関心を呼びました。今回のゴーン氏の海外逃亡は、決して許せるものではありません。その上での話ではありますが、同氏の勾留が2カ月弱に及んだことについては、長期の身体拘束で自白を迫る日本の捜査手法に批判が集中していたことは、重要なことであると思います。海外から見たら、日本で当たり前のようになっているこうした運用は異様なのです。今後、ゴーン氏は、日本の刑事手続きの異常さを声高に主張していくように思いますが、単に違法者の言うことだとして耳を塞ぐのではなく、日本でもしっかりと受け止めて議論していくべきかと思います。

■保釈率の上昇変化
かつては、起訴されても、事実を否認している場合は、裁判所は「証拠隠滅の可能性がある」として保釈を認めないことが多くありました。このため、被告人の約3分の2は、拘束されたまま判決を受けているのが実情で、否認すれば保釈は認められず、容疑を認めている場合でも、第1回公判前の保釈は例外的でした。そのうえで判決が無罪・執行猶予・罰金等でありながら判決時まで拘束を受け続けた被告人は毎年3万人弱にも及んでいました。このような運用が定着してしまったために、捜査官が「否認していれば保釈されないぞ」と被疑者に圧力をかけ、意に反した自白を強要する実態があります。これが「身柄司法」と呼ばれて、弁護士の間でも、また国際的にも、こうした運用には強い批判がありました。

それが、ここ数年来、次第に緩和されて、否認事件でも保釈される率が高まってきていました。

その契機となったのは、平成18年に、当時の大阪地方裁判所の令状部部長である松本芳希判事が公表した「裁判員裁判と保釈の運用について」と題する論文(ジュリスト2006年6月1日号)でした。そこでは、保釈の可否の判断においては、「証拠隠滅の現実的・具体的可能性があるかを検討すべきだ」と指摘し、否認や黙秘をただちに「証拠隠滅の恐れ」と結びつけることを戒めたのです。その考え方の背景には、平成17年末に最高裁が裁判員制度の下における審理等の在り方について協議するために開催した裁判官協議会で、保釈についても議論され、裁判員制度の下では被告人側の訴訟準備にいっそう配慮する必要があること等から、現在の保釈の運用について見直すべき点があるとの趣旨の発言が相次いだことがありました。この考えが裁判官の間で広まったとされています。

しかし、2019年に相次いだ犯人逃亡事案の多発に加えて生じたゴーン氏逃亡事件で、社会が、保釈への風あたりを強くしかねないのが不安です。裁判所は、そうしたことには気にせず、本来のあるべき方向を維持してもらいたいと思います。

 ■今後の法廷は
ゴーン氏の初公判は2020年4月21日に開かれる方向で調整が進められていたようですが、本人が出廷しなければ公判は開くことができません。刑事訴訟法第によって被告人及びその弁護人の法廷への出席を開廷の原則としているからです。

このため、日本政府は、刑事裁判への被告人出頭を確保するため、レバノン政府に対してゴーン氏の引き渡しを求めているようですが、ほぼ不可能と解されます。

日本が他国との間で逃亡者の身柄の引き渡しを求むうるのは、互いに犯罪人引渡条約を締結している国との間だけですが、日本がこの条約を締結しているのは米国と韓国だけです。日本とレバノンとの間にはこうした条約はありません。

また、そもそもレバノン政府が自国民であるゴーン氏の身柄を日本に引き渡すことは、通常はあり得ません。国家間での犯罪人の引渡しについては、引き渡しを請求する国または第三国の国籍を有する者に限られ、国外で犯罪行為を行なった自国民は引渡さないとする原則(自国民不引き渡し原則)が国際慣習法上認められていて多数の国で採用されているからです。日本でも、逃亡犯罪人引渡法で、引渡条約に別段の定めのないかぎり日本国民を外国に引渡してはならないと規定しています(ただし、米国と英国では、犯罪は行為地で処罰されるべきであるというコモン・ローの伝統から、自国民でも引渡しを認めています。)

日本政府は、国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際逮捕手配書(赤手配書)がレバノン政府に渡ったとも報じられていますが、ICPO自身には逮捕権限がありません。

したがって、ゴーン氏の起訴事件は、開廷されないまま永久に停止したままになり、公判が終わるのは、検察官が公訴を取消す以外は、ゴーン氏死去による公訴棄却以外にはないものと思われます。

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