税理士法人SKC

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本屋大賞「同志少女よ、敵を撃て」より

22.04.27 | 堺俊治の独り言的情報

この物語の主人公は18歳の少女のソ連女性スナイパー(狙撃手)です。両親や親族がナチスに皆殺しに遭い、その惨状から一人救われてそこからスナイパーに育っていく過程が描かれます。読み始めからいきなり残虐な描写にあたり、読み進むのをためらったほど現在のウクライナの戦争犯罪の状況と二重写しになり、気分が重くなりました。

 ウクライナという国は、東のロシアと西の欧州の狭間にあり、この数百年の歴史を見ても、この地区が常に東西の勢力争いに巻き込まれて来たことがわかります。この作品の舞台は第二次世界大戦時(1942年)のソ連のウクライナ地域です。ソ連がナチスから、モスクワに迫るところまで侵略されている状況から話が始まりますが、独ナチス軍は共産主義者、スラブ人を抹殺するという使命を帯びていたのです。その殺戮の手口は残虐、非道です。ナチスの政治思想であるアーリア人(ドイツ民族)優越思想(アーリア人種至上主義)によって、ナチス軍は完全に洗脳されていたようです。ヒトラーは、ドイツ民族はユダヤ民族を排除しなければ、ユダヤ人に先導(ヒトラーはユダヤ人が巧妙に世界を先導していくと考えていました)された多数の下等人種、未開のスラブ人種やアジア人種らよってドイツ民族(アーリア人種)は滅ぼされてしまうと主張していました。そして、この戦いは優越人種であるドイツ民族(アーリア人種)と下等人種との戦いであり、ドイツ民族は世界を支配しなければならない。そのためには、人種的なすべての脅威であるユダヤ民族を先ず抹殺しなければ、ドイツ民族が絶滅に直面するであろうと主張しました。このナチスの思想は、どこか中華思想似ているような感じがします。それと、ユダヤ人が世界を先導していくというヒトラーの指摘は今になってみると、いい悪いは別として、的を得たうがった見方であったともいえるように思います。
 それはさておき、物語はソ連が反撃に転じナチスを追い詰めていきます。そして今度はドイツ国内に攻め入ったソ連兵がドイツの民間人に対して残弱非道な行為を当たり前のようにやり始めます。やられたことをやり返すというまるで復讐劇の繰り返しです。私自身がこの場にいたならどうするだろうか、何が出来るのだろうかと問い返さざるを得ません。
 今、ロシアのプーチン大統領がスラブ人を守ると言っているのは、ウクライナ人から守るというのではなく、確かにウクライナに存在する人種差別的民族主義の極右戦闘団体からです。この団体は一部ではネオ・ナチと呼ばれています。この極右戦闘団がスラブ人に残虐な行為を行ってきているのは明白な事実のようです。
 そんな過酷な戦場の中を、主人公の少女セラフィマは多くの葛藤と直面し苦悩しながら優秀なスナイパーとして育っていきます。私は、この物語をまるで今のウクライナのドキュメンタリーのごとく感じながら読み終えました。読み終えてあらためて感じることは、この地域の人々の心には、島国の日本人には感じにくいような根深い人種的遺恨が今も大きく影響し、現在のウクライナでの戦争の、実は複雑な部分を日本人は理解しがたいのではないか思うと共に、この過酷な地域にもかかわらず、この地域の人々が持つ郷土愛の強さでした。物語の最終章では、終戦し戦いから解放された主人公セラフィマが、全ての村人が殺戮され、全ての建物が焼き払われ何一つ残っていない自分が生まれ育った村に戻って、生活を始める姿は、ウクライナから追われる人々の心情を映しているかのようです。

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