大阪プライム法律事務所

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ユナイテッド航空機での搭乗客追い出し事件

17.04.30 | ニュース六法

米シカゴ空港で、4月9日夜の離陸前のユナイテッド航空機から、オーバーブッキング(過剰予約)で席が足りなくなったとして、すでに搭乗していた乗客の男性が座席から無理やり引きずり出されて、仰向けの状態で通路を引きずられていく様子を収めた動画がネット上に投稿され炎上しました。そのことがニュースとして全世界で話題になり、ユナイテッド航空に批判の嵐が襲いました。

 

報道によると、定員がオーバーしていることがわかり、ホテル代など補償金を支払う代わりに、別の便の振替に応じる乗客を募ったが、誰も応じなかったため、ユナイテッド航空が乗客4人を選んだうえで、機内から降りるよう求めたが、男性1人が拒否したことから、同社は、米運輸省の手順にしたがって警察官を呼び、その乗客を無理やり引きずり降ろしたということです。このようなことは法的に許されるのでしょうか。

■今回の事例について

今回のユナイテッド航空機で生じた問題についての同社の説明では、乗客を全員機内に入れてから、乗員(翌日の便のパイロット2人とCA2人)を乗せるために「800ドルのクーポンと航空券とホテル1泊」の取引を乗客全員に申し出たが、応じる客がいなかったので、無作為に選んだ4人のうち1人が取引を拒否したので、警察を呼んで排除したということです。しかし、翌日の乗員を乗せるためにしたということは、明らかに同社の乗員配置のミスでしかありません。また、搭乗前のカウンターで、最後のほうで乗り込む前の客と取引して解決すればよいとは思いますが、それができないまま全員を載せてから交渉を始めたやり方もまずいとしか言いようがありません。乗客にとっては、いったん搭乗してから降りるのは抵抗が強いはずですから、余計にそう思います。ましてや、何ら落ち度のない乗客を暴力的に排除した行為は、とうてい正当化できるものではないと思われます。

 

■日本でもオーバーブッキング(過剰予約)は普通のこと

日本の航空会社も、海外の航空会社も同じことですが、搭乗を予約していても直前にキャンセルする者が一定数は必ず発生するようです。このため、各航空会社は、過去のデータなどからキャンセル数の予測を立てて、多い目に予約客を受け付けています。多くの場合は、想定通りにキャンセルが生じるために問題は生じませんが、たまに、予測が外れて、オーバーブッキングが表面化することになります。

 

■オーバーブッキングは「ノーショウ対策」

ノーショウとは英語no-showのことで、飛行機の座席を予約しながらキャンセルもせず最後まで現れない人のことを言います(人が姿を見せることをshowといい、これにnoの否定をつけたもの、「姿を見せない人」)。この表現は航空機だけでなくホテルやレストランなどでも、予約しながら連絡もなく最後まで現れない客に対する表現でも言うことがあって、迷惑感をもった語感で、旅行宿泊業界で日常的に使われているようです。こういったNo-showは社会一般でも約束をすっぽかす人に対しても使われる場合があります。ちなみに、法律事務所でも、紹介者のしっかりした方の来訪ではすっぽかされることはまずありませんが、そうでもない予約の場合に、ときどきあって、迷惑に思う時があります。

 

しかし、航空業界の重要な顧客層であるビジネス客は、会議が予定より延びたというような理由で、しばしば直前にキャンセルし「ノーショウ」化します。それでも次の便には搭乗し、多くがリピーター客でもあることから、サービス的にそれが可能にすることで顧客の繋ぎとめをしている面もあるので、「ノーショウ」そのものを迷惑とはしていません。これに一定の予測をたてることでビジネスに生かしているとも言えます。

 

■オーバーブッキング自体は合法

このように、オーバーブッキングは航空会社の「ノーショウ対策」としてなされる慣行にあり、その販売方法には規制があるかというと、少なくとも日本では法的な規制は存在していません。世界的にも、条約、法律、規約、商慣習などで許容されていて、それ自体が直ちに一般的な債務不履行として扱われるわけではありません。海外でも同じで、欧州連合では、ヨーロッパ委員会規制261/2004(European Commission Regulation 261/2004)で、オーバーブッキングのために搭乗できなかった乗客へは補償を行う必要性について定めています。

 

つまりは過剰に予約を取らないようにする義務は航空会社にはなく、賠償や振替措置等で会社と旅客との間で解決すべき問題として扱われています。

 

原則としては、あるフライトのためにチェックインを済ませた人には、法律が定めた搭乗拒否可能事由のある場合や正当な理由がある場合を除いては、旅客としてはそのフライトに搭乗する契約上の権利があります。このため、オーバーブッキングが生じたからといって、それに応じる義務は本来ありません。頼み込んで別の便に変更を求めるならば、その旅客が被った拡大費用、不都合その他の結果については、航空会社に補償義務があります。

 

■フレックストラベラー制度

そうしたことから、オーバーブッキングが表面化した場合に、国内の航空会社では、事前に対応方法が公開され、ホームページなどに掲載されています。日本航空(JAL)と全日空(ANA)のホームページを見ると、これらを「フレックストラベラー制度」という表現で説明をしていますが、ほぼ同様の内容のようです。

 

つまり、国内線の場合、航空会社側が協力金を支払うことで、自主的に便の変更に協力する乗客を募り、振替日が当日の場合1万円、翌日以降は2万円を支払うとしています(宿泊費などは別)。ANAやJALは、この条件を前提に示し、旅客の意向を最大限に尊重しながら、応じてもらえた方のみに限定しているようです。

 

搭乗をお断りする旅客に、このような特典を提供しても、飛行機の座席数ちょうどの予約しかとらず空席がある状態で運航するよりは、このほうが収入を増やすことができるとの発想のようです。このように、航空各社は、顧客の意向は尊重するも、一方的かつ強制的な搭乗拒否はしていないと思います。ましてや、一旦搭乗した旅客を強制的に引きずり出すというような暴力的対応をするなどということは、考えられません。

 

≪全日空(ANA)の「よくある質問Q&A」要旨≫・・・内容はJALもほぼ同じです。

Q フレックストラベラー制度に協力した場合には?

A ご協力いただいたお客様には、ANAが代わりとなる交通手段を提供し、「協力金」をお支払いいたします。 ( 振り替え便等の変更が当日中であれば10,000円、 翌日以降になる場合は20,000円)

Q 翌日になった場合は?

A 出発が翌日以降になり、宿泊手配が必要な場合には、「協力金」に加えて宿泊費および宿泊施設と空港間の交通費をANAが負担いたします。 また、宿泊手配が不要な場合には、ANAの定める範囲で、ご自宅と空港間の交通費を負担いたします。

Q フレックストラベラー制度に協力した場合の払い戻しは?

A 代わりとなる交通手段をご利用にならない場合は、所定の手数料をいただかずに、航空券購入代の全額を払い戻しいたします。その際も「協力金」のお支払いをいたします。

 

■旅行会社が募集したツアーでオーバーブッキングが生じた場合

旅行業者は、ツアー募集の段階で示した旅程の変更により、旅行の実施に要する費用の減少または増加が生じる場合には、旅行代金の額を変更することができるとしています(募集型約款14 条4項)。しかし、宿泊施設の部屋や運送機関の座席につき、いわゆるオーバーブッキングが生じた場合には、ツアー参加者にはそれによる増加代金の請求をすることができません。そのような事態が生じた場合は、旅行業者自身が宿泊施設や運送機関の責任を自らの努力で解決すべきで、ツアー参加者に費用を転嫁するべきではないと考えられるためです。

 

オーバーブッキングが生じた場合の対処責任はツアー会社にあるという点に関する判例として、昭和55年3月27日東京高等裁判所判決があります。

これは、旅行業者が募集したヨーロッパへの団体旅行において、日程表では、往復路とも北回り航空便が予定されていたが、参加者の知らないうちに復路が南回りに変更されていたというものでした。このツアーに参加した方が、帰国後、右日程の無断変更は「主催旅行契約」の違反(債務不履行)であるとして、旅行費用全額と慰藉料20万円の賠償を求めた事案です。

 

この訴訟では、旅行業者は、反論の中で、復路に予定した北回り便の予約を手配して航空券を入手したが、オーバーブッキングを理由に後日取り消されたので、やむなく南回り便に変更したものであるから、自分たちに責任はないという主張もしていました。

 

これについて、判決では、「本件旅行に関する航空券の購入手続を旅行の出発間際まで遷延することなく、早期に手配して航空券を確保しておいたならば、出発日の前日に至って過剰予約を理由とする航空券の取消しを受けるというような事態の発生は容易に避け得たものと推認することができる」として旅行会社の主張を排斥しました。しかし、旅行自体は実行されたので、ツアー代金という財産的損害は認められず、精神的損害たる慰藉料のみ5万円が認めました。

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