大阪プライム法律事務所

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糸魚川大火 ~失火責任法

16.12.23 | ニュース六法

新潟県糸魚川市の糸魚川駅近くで発生した火災が、大変な大火になりました。報道では、12月22日午前10時半ごろに店舗から出火し、周辺の店舗や住宅などに燃え広がって、火は強風にあおられ約140棟に延焼し約7万5千平方メートルに被害が出たようです。現場は商店や飲食店、事業所、住宅が密集していて、SNS上で出火元として中華料理店が特定されているようですが、詳しい原因はまだ発表されていません。はたして、延焼を受けた方々は、この火元となった方に損害賠償請求ができるのでしょうか。
この点については、失火責任法という法律があります。

■失火責任法(失火ノ責任ニ関スル法律、失火法)

もし、近隣家屋から出火して自分の自宅に延焼しても、現行法では、原則的に火元となった人物から損害賠償を受けることはできません。例外となるのは、出火原因をつくった者に「重大な過失」があった場合は賠償請求をすることができます。これらを定めたものが、1899年(明治32年)に制定された失火責任法です(失火法ともいいます)。本則1項のみの短い法律です。

 

余談ですが、面白いのは、この法律には題名がついていません。「失火ノ責任ニ関スル法律」が「件名」であるとされています。参議院のホームページで「件名」の解説がありますが、それによると、昭和22年ごろまでは、既存の法律の一部を改正する法律、一時的な問題を処理するために制定される法律、内容の比較的重要でない法律などについては、題名が付けられないことも少なくなく、そのような場合は法律番号で呼べばよいようにも思われますが、これだけではそれがどのような内容の法律であるかよく分からないので、法律の公布文に引用されている字句がその法律の名称として用いられており、この名称のことを件名といいますと書かれています。

 

基本的には、民法(709条)に、他人に行為過失で損害を与えた者の賠償義務を定めた不法行為責任の規定があり、それからすると、過失で火を出した場合も賠償責任を負うはずです。しかし、この失火責任法で、「民法第709条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス 但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス。」と規定されています。つまり、単なる失火の場合は、賠償責任を負わないこととしたのです。

 

■失火責任法の背景

この法律ができた1899年(明治32年)当時もその後も、日本は土地が狭く木造家屋が多いことから、しばしば大火が起こっています。消防庁は昭和21年以降の大火(建物の焼損面積1万坪以上)のものを集計したものを公表しています。

https://www.fdma.go.jp/html/hakusho/h16/h16/html/16s10000.html

その中で大きなものとしては、

1947年(昭和22年)4月20日 飯田大火 4010戸3742棟が全半焼

1952年(昭和27年)4月17日 鳥取大火 焼損棟数6786棟。

1954年(昭和29年)9月26日 岩内大火 焼損棟数3299棟

1955年(昭和30年)10月1日 新潟大火 焼失戸数972戸。

1956年(昭和31年)9月10日魚津大火 焼失戸数1583戸。

1961年(昭和36)5月29日 三陸大火 強風から大火事が続出し1000棟超の焼失

1976年(昭和51年)10月29日酒田大火 焼損棟数1774棟

などがあります。

 

このような場合、一軒の火元から何十軒も何百軒も延焼してしまった場合は、火元がすべてを賠償することに無理があり、ちょっとした過失からそのような巨大賠償義務を課すのは酷すぎるために作られたのが失火責任法です。これは、戸建て住宅の話だけではなく、分譲マンションの場合も同じで、マンションの一室から失火して他の部屋に類損が生じた場合もこの失火責任法が適用されます。(なお、失火責任法は「火災」のみ適用で「爆発」は失火責任法適用外です。)

日本では、このことから、「自分の家は自分で火災保険をつけて守る」ことが基本となります。

 

■重過失失火

失火が重過失から生じていた場合は、失火法の但し書きで、賠償責任が発生することになります。重過失による失火とは、過失の度合いが重大な場合を指します。例えば明らかに火災の発生を予感できる非常に危険な行為から火災を生じさせたときなどです。どういう場合かは過去の判例などから判断しなくてはなりません。

 

主な判例としては、

・火鉢で炭火を起こす目的でメチルアルコールを火鉢に注いだ事例(東京地裁昭和30年2月5日判決)

・セルロイド製品が存在する火気厳禁の場所で吸いかけのタバコを灰皿に放置したところ、セルロイド製品が落下し火災発生した事例(名古屋高裁金沢支部昭和31年10月26日判決)

・ニクロム線の露出している電熱器を布団に入れこたつ代わりに使用した事例(東京地裁昭和37年12月18日判決)

・強風と乾燥の警報がでているときに、建築中の木造家屋の杉皮の屋根にタバコの吸殻を捨てた事例(名古屋地裁昭和42年8月9日判決)

・石炭ストーブの残火のある灰をダンボール箱に投棄した事例(札幌地裁昭和51年9月30日判決)

・電気コンロをつけたまま寝たところ、ベッドからずり落ちた毛布がコンロに垂れ下がり、毛布に引火した事例(札幌地裁昭和53年8月22日判決)

・主婦が台所のガスコンロにてんぷら油の入った鍋をかけ、中火程度にして長時間台所を離れたため、過熱されたてんぷら油に引火した事例(東京地裁昭和57年3月29日判決)

・火災注意報等が発令されている状況下で、周囲に建物が建ち多量のかんな屑が集積されている庭で焚火をしていた事例(京都地裁昭和58年1月28日判決)

・石油ストーブのそばに蓋の無い容器に入ったガソリンを置き、容器が倒れた事例(東京地方裁判所平成4年2月17日判決)

・石油ストーブに給油する際、石油ストーブの火を消さずに給油したため、石油ストーブの火がこぼれた石油に着火して火災が発生した事例(東京高裁平成15年8月27日判決)

 

■今回の場合

今回の火元での出火原因が何かはまだ何も分かっていません。したがってあくまでも仮定での話ですが、単なる過失であれば、延焼した先の賠償義務は負うことはありませんが、原因が重過失によるものであれば別です。ちなみに出火した店舗が、借家であった場合は、貸主に対しては賃貸借契約上の責任として損害賠償義務が生じます。また、刑法上の失火罪に問われる可能性はあります。私たちも十分に注意しましょう。火災保険も忘れずに。

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