石田勝也税理士事務所

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判例から解説! 問題従業員の退職金は支払わねばならない?

19.12.10 | ビジネス【企業法務】

従業員が問題を起こし、懲戒解雇にした場合、会社としては、その従業員には退職金を支払いたくないというのが本音です。 
しかし、退職金を全く支給しないということができるかというとむずかしいといえます。
仮に全く退職金を支給しない場合、後に従業員から退職金の支払を請求されることがあり得ます。 
今回はこの点について、代表的な判例『Y社事件』をもとにご説明します。

懲戒解雇で退職金支給となった代表的な判例

東京高判平成15.12.11/『Y社事件』
・事案の概要
Y社は鉄道事業を営む会社であり、Xは従業員として案内所で特急の予約受付や国内旅行業務に従事していた。Xは、これまで20年余り勤続してきており、その間特に勤務態度に問題はなかった。また、Xは業務時間以外の私的な時間を利用して旅行業の取扱主任の資格を取得した。しかし、Xは、ほかの鉄道会社が運行させている列車車両内で痴漢行為を行った。この痴漢行為を理由として、Xは逮捕、勾留され略式起訴された上、罰金20万円に処せられた。Y社はXが深く反省していることや外部に公にならなかったことを考慮して、Xへの処分を降格とするにとどめた。Xはその半年後、休日に同様の痴漢行為を行い、懲役4月執行猶予3年の有罪判決を受けた。この事件についての報道等はされず、Y社外に本件事件が明らかになることはなかった。Xはその際、前回起訴から本件事件までの間、3回にわたり同種の行為によって罰金刑を受けていた事実を告白した。Y社は、Y社懲戒規程に基づきXを懲戒解雇した上で、Y社退職金規程に基づきXに退職金を支給しなかった。なお、Y社では過去10年間のうち、乗車定期券を無断作成しその代金を着服した行為や駅構内にあるコインロッカーの収入金を着服した者に対し、退職金全額のうち3割が支払われた前例がある。また、Xは土地建物の購入資金として借りた住宅ローンの残債務が2,000万円以上残っており、返済の見通しが立たず、自己破産の申立てを検討していた。Xは本件退職金全額の支払をY社に求めて提訴した。
 
・判旨の概要
1.法解釈
ア.一般的判断基準
退職金の支給制限規程は、退職金が功労報償的な性格を有することに由来する。しかし、他方で退職金は賃金の後払い的性格を有し、労働者の退職後の生活保障に配慮する必要がある。特に、本件のように、就業規則に基づき給与および勤続年数を基準として支給条件が明確に規定されている場合、賃金の後払い的性格が強い。そのため、従業員は、退職金を当てにしてローンを組む等生活設計を立てている場合も多いと考えられる。このような期待を剥奪するには相当の合理的理由が必要である。
 
イ.具体的判断基準
(1)全額不支給が許されない場合
退職金全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為であることが必要である。特に、横領など高度の背信性を有することが必要であり、このような事情がないにもかかわらず、会社と直接関係のない非違行為を理由に全額不支給とするのは過酷な処分であり、比例原則に反する。
 
(2)一部不支給が許される場合
一方、退職金の功労報償的性格および支給の可否についての会社側の裁量に鑑み、非違行為が強度の背信性を有するとまではいえない場合、当該不信行為の具体的内容と、被解雇者の勤続の功などの個別的事情に応じ、退職金のうち一定割合を支給すべきである。本件条項はこのような趣旨を定めたものと解すべきであり、その限度で合理性を持つ。
 
2.法適用
(1)不信行為の具体的内容
本件行為およびXの過去の痴漢行為は、いずれも電車内での事件とはいえ業務とは無関係にされたXの私生活上の行為である。また、報道等によって社外にその事実が明らかにされたわけではなく、Y社の社会的評価や信用の低下や毀損が現実に生じたわけではない。たしかに、Xが鉄道会社に勤務する社員として、痴漢行為のような乗客に迷惑を及ぼす行為をしてはならないという職務上のモラルが存在する。しかし、それが雇用継続を左右するか否かの判断であればともかく、賃金の後払い的性格のある退職金の支給・不支給の判断には決定的な影響を及ぼさない。Y社において過去に退職金の一部が支給された事例は、いずれも金額の多寡はともかく、業務上取り扱う金銭の着服という会社に対する直接の背信行為である。これらの者が過去に処分歴がなくいわゆる初犯であったことを考慮しても、本件と対比して背信性が軽度であったとは言い切れない。

(2)被解雇者の勤続の功
Xの功労という面では、その20年余の勤務態度が非常に真面目であり、旅行業の取扱主任の資格も取得するなど自己の職務上の能力を高める努力をしていた様子もうかがわれる。

3.結論
そうすると、本件については、本来支給されるべき退職金のうち一定割合での支給が認められるべきであり、その具体的割合は前記事情から3割とするのが相当である。


退職金を不支給とする場合の注意点とは?

仮に、従業員が会社のお金を横領したのだとすれば、重大な背信行為であるとして、退職金を全額支給しないということが認められますが、鉄道会社の従業員が他社線の電車内で繰り返し痴漢をして刑罰に処されても、3割の退職金を支給しなければならないことがわかります。
退職金には、功労報償的な性質と、賃金の後払い的な性質が併存するといわれています。
このうち、賃金の後払い的な性質から、従業員の生活保障の観点が出てくるので、賃金減額がむずかしいのと同じように、容易には不支給にしたり減額したりすることができないと考えておいた方がよいでしょう。
もっとも、この事案で、たとえば従業員の痴漢がマスコミに知られて報道された際や、過去の従業員の金銭着服の際に退職金を不支給としていれば、裁判所の判断は変わっていたかもしれません。

どのような場合に退職金を不支給としてよいかを考えるに当たっては、相場観や具体的事案の客観的分析が不可欠ですので、従業員の退職金を不支給にする前に、専門家の意見を聞いてから慎重に判断するようにしてください。


※本記事の記載内容は、2019年12月現在の法令・情報等に基づいています。

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