大阪プライム法律事務所

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紀州のドン・ファン不審死と相続問題

21.04.29 | ニュース六法

3年前、和歌山県田辺市で、“紀州のドン・ファン”とも呼ばれた会社社長が急性覚醒剤中毒で死亡した事件で、4月28日朝、男性の25歳の元妻が逮捕されました。報道によれば、元妻は田辺市の自宅で当時夫だった会社社長を急性覚醒剤中毒にさせて殺害したとして殺人の疑いが持たれています。報道は警察署の発表だけを流している状態で、無罪の推定が及ぶ被疑者の扱いとしては気になるところです。その意味で論評は慎重にすべきかと思います。ただ、今回のこの問題、元妻と兄弟姉妹の相続割合、遺言書の有効無効問題、包括遺贈と限定承認、遺留分請求問題、相続権消失など、およそ相続に関する法律問題のオンパレードです。少し解説してみます。(以下はすべて報道等で知りえた事実関係をもとにしていますので、必ずしも事実と合致していない場合もあるかもしれませんので、それを前提にお読みください。)

■報道で知る相続関係
亡くなった資産家の野崎幸助氏には、13億とも30億とかも言われるような遺産があるようです(様々な情報が出ているのでよく分かりませんが)。
子供がいないため、法的な相続人は元妻と兄弟姉妹となります。その法定相続割合は、元妻が4分の3で、6名いると言われている兄弟姉妹が残りの4分の1を分け合うことになります。ただし、これと異なる遺言書がなければの話です。 

■遺言書の存在(田辺市への包括遺贈)
ところが、事件発生3箇月後に「遺言書」を長年の友人を名乗る人物が預かっていたとして、弁護士を通じて和歌山家庭裁判所田辺支部に提出されました。遺言書は自筆証書遺言のため、「検認手続」が行われた模様です。自筆の遺言書の場合は、遺言書の保管者はすみやかに家庭裁判所に検認の申し立てをして裁判所に持参しなければならず、裁判所にて遺言書の形状、加除訂正の状態、日付、署名などが記録されます。これは、遺言書の偽造・変造を防止するためで、遺言の有効・無効を判断する手続ではありません。

その検認手続きの結果、遺言書は、「全財産を田辺市にキフする」と赤字で書かれていて、日付は2013年2月8日となっていたようです。

田辺市にしてみたら降ってわいたような話ですが、この遺言書内容は、「包括遺贈」というもので、遺贈を受けた者(包括受遺者と言います)、つまり田辺市は、「相続人と同一の権利義務がある」とされます。このために、もし債務があれば、それも承継してしまいます。うかつに受けてしまってから、財産を上回る債務が出てきたら、大変です。

このために、田辺市は、万が一にも遺産額を上回る負債が見つかっても、相続財産の範囲内で負債を清算する「限定承認」という方法を選択しました。具体的には、田辺市が家庭裁判所に限定承認の申し立て(「申述」と言います)を行い、その後、野崎氏の債権者などに対して、債権を持っているならば申し出るようにと、2か月以上の期間を定めて「公告」をするとともに、分かっている債権者には個別に催告を行います。その期間満了後、もし、届け出た債権者がいれば、債権額の割合に応じて弁済をしたのちに、残りがプラスになれば初めて田辺市としては受けとることが可能となります。その際に、遺留分請求をしている妻と遺産の分割協議に入ることが予定されていました。ところが、この遺言書に、兄弟姉妹が黙っていませんでした。

■遺言無効訴訟
出てきた「遺言書」内容に疑問を持ったのが、野崎氏の親族でした。田辺市にすべてを遺贈するという遺言書が有効ならば、兄弟姉妹には一切の相続財産は来なくなります(後ほど触れます遺留分も、兄弟姉妹には権利がありません。)。

このため、6人いる兄弟姉妹のうち何人か(4人とのことです)が、「遺言書無効確認」を求めて2020年4月18日に提訴しました。主な理由は、野崎氏が田辺市に寄付するような動機が見当たらないことや、遺言書が保管、発見されたとされる状況が不自然だという内容となっているようです。

もしこの「遺言書」が有効(本物)となれば、前述の限定承認手続きを経て財産が田辺市に帰属します。ただし、遺留分権利者である元妻は(後述するように相続権を失わなければ)、2分1を田辺市から取り戻すことが可能となります。兄弟姉妹には遺留分という権利はないので、一切の財産を相続することはできません。一方で、もし、この「遺言書」が無効となれば、前述した法定相続分(配偶者が4分の3、兄弟姉妹は残りの4分の1を頭割り)で相続することとなるし、もしも元妻が相続権を失うようなことになれば全財産を相続することになるので、どうしても裁判は激烈にならざるを得ません。 

■遺留分請求
仮にこの遺言書が有効であれば、元妻が遺留分請求の意思表示をしていれば、相続財産に対し、遺留分割合の共有持分を持つことになります。実際にも、元妻はその権利行使をした(田辺市に遺留分請求の通知をすること)ということのようですので、仮に遺言書が有効であっても、全財産の2分1を田辺市から取り戻すことが可能となります。ただし、この元妻は、夫を殺害したのではないかという容疑をかけられて逮捕されました。もし、元妻に夫殺害での有罪判決が出て確定すれば、すべての相続上の権利を失うこととなります。それが次に述べる「相続欠格」です。

■相続欠格
民法は、一定の非行をした相続人に対して、その相続権をはく奪する「相続欠格」という制裁制度を設けています。「相続欠格」には民法891条で5つを定めています。

その中に、「故意に被相続人を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者」というものがあります。他には、遺言書の作成を詐欺・強迫で邪魔をした者や、逆に詐欺・強迫で無理に遺言をさせたりした者、遺言書を偽造変造、破棄、隠匿した者などが挙げられています。

今回、もし元妻が故意に野崎さんを殺害したとして有罪になった場合は、相続人としての相続権をはく奪されることになり、遺留分の権利もなくなってしまいます。なお、「故意」の場合だけですから、誤って死なせてしまったという過失致死の場合は、欠格事由となりません。

■どうなっていくのか
遺言書の有効性を巡る裁判はまだまだかかると思われますが、その帰趨と、3年目にして逮捕された元妻の夫殺害の捜査と将来の公判がどうなるのかによって、この相続問題の道筋は変わってきます。どうなっていくことか、気になるところです。

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