コーディアル人事労務オフィス

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患者からの診察治療に応じる『義務』と拒否できるケース

21.11.01 | 業種別【歯科医業】

医師や歯科医師には、歯科医師法や医師法によって、『応招義務』が定められています。
応招義務とは、患者から診察治療を求められたら、正当な理由なくこれを断ってはならないという義務のことで、違反した場合には、患者から損害賠償請求を起こされる可能性もあります。
では、患者からの診察治療の求めを拒否できる『正当な事由』とは、どの程度のものをさすのでしょうか。
今回は、応招義務違反にならない、正当な事由の解釈について説明します。

緊急性があれば、基本的に措置をするべき

歯科医師法19条1項では、『診療に従事する歯科医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない』と定められています。
しかし、医療の提供体制の変化や歯科医師の働き方改革などの観点から、改めて解釈を整理する必要があり、2019年の厚生労働省の通知では、現状を踏まえたうえでの『正当な事由』について、妥当なラインが示されました。

通知では、その医療従事者が、応招義務に反しているかどうかを判断する理由として最も考慮すべき要素は、『患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)である』と述べています。
そのうえで、

●診療を求められたのが、診療時間や、勤務時間内であるか、それとも診療時間外・勤務時間外であるか
●患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係

も、重要な考慮要素であるとしました。

診療時間内であれば、原則的に病状が深刻な患者の診察治療には応じなければいけません。
ただし、歯科医師が留守にしていたなど、事実上診療が不可能な場合には、応じられなくても仕方がないと考えられます。
また、診療時間外であっても、緊急の対応が必要な患者には、措置を行うことが望ましいとされています。
ただし、医療設備が不十分であることが想定されるため、求められる対応のレベルは低く、自院で対応しきれない場合は、必要な処置を行ったうえで、緊急対応の可能な医療機関に対応を依頼することが望ましいとのことです。

たとえば歯科医師の場合、診療時間外であるにも関わらず、自宅や携帯電話に虫歯などで歯痛の患者から連絡があり、否応無しに対応を迫られるということもあるでしょう。
しかし、診療時間外であれば、スタッフが揃わないこともありますし、歯科医師自身が体調を崩していたり、飲酒しており、施術を行えなかったりする可能性もあります。
明確な基準はありませんが、事実上診療が行えない場合には、診察治療を断ったとしても応招義務違反にはなりません

ただし、その際はその時間に診療を受け付けている別のクリニックを勧めたり、鎮痛剤を飲んでもらって後日の来院を促したりなどのフォローが必要です。
また、緊急の対応が不要な場合も、診療時間外であれば診察治療を断ることができますが、同じくフォローを忘れないようにしましょう。


迷惑行為や医療費不払なども正当な事由になりうる

厚生労働省の通達では、診療内容とは関係のないクレームを繰り返すなど『患者の迷惑行為』や、支払い能力があるにも関わらず不当に医療費を支払わない『医療費不払い』があって、診察治療を拒否した場合も、応招義務違反にはならないとしています。

たとえば、過去には次のような判例もあります。
あるクリニックが、歯科矯正治療を拒否したとして患者から損賠賠償請求をされましたが、裁判所は治療の際に患者の迷惑行為があり、歯科医師との信頼関係が損なわれていたとして、治療を拒否したクリニック側の正当性を認めました。

また、外国人の患者に対し、人種や国籍、宗教などを理由に診察治療を拒否してはいけませんが、言語や文化、宗教上の問題で診療行為そのものが著しく困難な場合には、個別の事情を鑑みて、診察治療を拒否する正当性が認められます。

応招義務を拒否する正当性は、厚生労働省の通達や過去の判例などから、ある程度、指標が示されていますが、実際は歯科医師と患者の関係性や歯科医師の専門性・診察能力、当日の状況や緊急性などを加味しながら、総合的に判断されます

戦前には刑事罰もあった応招義務違反ですが、今は医師免許の取消や医業停止などの行政処分が下されることはほぼありません。
しかし、裁判などで不当な診察治療の拒否だと判断されれば、患者に損害賠償金を支払うことになる可能性があります。

このように、歯科医師は急な診療の依頼があっても、場合によっては断ることが可能です。
ただ、診察の拒否を巡って患者側とトラブルになってしまうこともあります。
自院の評判や見過ごしのリスクなどを考えると、なるべく応じておいた方がよいのかもしれません。


※本記事の記載内容は、2021年11月現在の法令・情報等に基づいています。

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