大阪プライム法律事務所

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山口県阿武町4630万円誤振り込み問題

22.05.15 | ニュース六法

山口県阿武町が新型コロナ禍対策の臨時特別給付金10万円をめぐり、対象の全世帯相当分の計4630万円を誤って1世帯に振り込みましたが、その後回収できなくなっています。町は5月12日、その世帯の男性を相手取って全額の返還を求める訴訟を山口地裁萩支部に提訴しました。回収は可能なのか、またその男性の罪はどうなるでしょうか。

■事件の経過
町によると、低所得世帯を支援するための給付金で、町職員1人が町の口座のある銀行に対し、別の銀行に開設されている男性の口座に振り込むための依頼書に誤って1世帯に463世帯分の全額を振り込むよう記述しました。その依頼書は他の者のチェックを経ないまま、別の町職員が銀行へ提出し4月8日に送金されてしまったというものです。

阿部町職員は誤送金をしてしまった当日、誤送金のお詫びの上、男性に対して組戻し(金融機関を通じて行う返金依頼の手続き)の協力を求め、一緒に返金手続きのために銀行に向かいました。しかし、男性は銀行に入る手前で、急に協力を拒否したということです。その後、男性は毎日のように口座から金を引き出し、約2週間でほぼ全額を口座から引き出してしまし、4月21日には、町職員に「金はすでに動かした。もう戻せない。犯罪になることは分かっている。罪は償う」と話して、連絡が取れなくなったということです。勤め先も突然に退職したようです。そこで、今回、訴訟が起こされたという流れです。

 ■誤送金時の対応
誤送金をしてしまった場合、相手の口座に着金する前であれば、「組み戻し」という手続きがあります。組戻しとは、振込手続き完了後に、依頼内容に誤りがある場合や振込を取消したい等、振込を依頼した人のご都合でその振込を取り消すための手続きのことです。この手続きは、受取人の同意を得た上で返金する手続きになります。このため受取人が拒否した場合は返金を受けることができません。 

■銀行が返してくれないか
誤って振り込んでしまった場合、その口座主が組み戻しに協力しない場合、その銀行に「ご振り込み」であることを伝えて返金してもらうことが可能ではないかと思う方がおられるかもしれません。

しかし、これについては、一度相手の口座に入ってしまった場合について、最高裁判所が平成8年4月26日の判決で、「振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、両者の間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立する。」として、預金に入った時点でその口座の名義者の預金であるということになると判断しています。したがって、その口座名義人の承諾がなければ、勝手に銀行が返金することができません。 

■不当利得返還請求訴訟
組戻しの協力が得られない場合は、相手方に対しては不当利得等を理由とする返金請求を行うしかありません。その判決を得た上で、受取人の財産に対して差押え等の強制執行手続きをして回収をはかることとなります。この場合、早くしないと、相手が預金を引き出してしまうと差し押さえが事実上不可能となるので、先行してかもしくは同時に、預金への保全処分をしておくのがよいものと思います。

町の不当利得返還請求は、問題なく認められます。判決が確定したら、町は勝訴判決に基づいて財産の差し押さえなど強制執行の手続きを取ることになりますが、男性に財産がなければ、お金は返ってきません。 

■刑事責任
阿武町は刑事告訴も検討中とのことですが、警察は既に捜査を始めています。本件の場合は、どういう形で出金したかによって変わってきます。ATMでお金を引き出した場合は窃盗罪、ATMで送金した場合は電子計算機使用詐欺罪に問われる可能性があり、窓口で出金した場合は詐欺罪となる可能性があると思われます。

この点、民事上は自分の預金となった以上は、引き出す権利はあるはずですが、最高裁は平成15年3月12日判決で、「誤った振込みがあることを知った受取人が,その情を秘して預金の払戻しを請求し,その払戻しを受けた場合には,詐欺罪が成立する。」として、詐欺罪の成立を認めました。その理由として、「自己の口座に誤った振込みがあることを知った場合には,(中略)誤った振込みがあった旨を銀行に告知すべき信義則上の義務があると解される。社会生活上の条理からしても,誤った振込みについては,受取人において,これを振込依頼人等に返還しなければならず,誤った振込金額相当分を最終的に自己のものとすべき実質的な権利はないのであるから,上記の告知義務があることは当然というべきである。」として、その情を秘して預金の払戻しを請求することは,詐欺罪の欺罔行為に当たり,また,誤った振込みの有無に関する錯誤は同罪の錯誤に当たるというべきであるから,錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻しを受けた場合には詐欺罪が成立するとしたものです。

なお、これは銀行窓口で銀行員という人間を欺罔したら「詐欺」となるのですが、ATMからの引き出しは、人間をだまして出金したものではないので、詐欺にはあたりません。ATMで送金した場合、電子計算機使用詐欺罪というものが念頭に浮かびますが、本件で適用可能かはやや議論が生じるかもしれません。

■教訓
誤振込は、一旦してしまうと、相手方の善意に頼らないと返してもらえなくなります。したがって、まずは誤振り込みをしないことが最も重要なことです。今回、町では一人の人間だけのミスで高額振込がされたということですが、複数の目でのチェックの重要性が改めて思われるところです。

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