村川博之会計事務所

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退職者に『競業避止義務』を課す場合に押さえておきたいポイント

22.11.29 | ビジネス【企業法務】

従業員が自社のノウハウや情報を持ち出して競合他社で働いたり、同じ職種の相対する会社を設立することを『競業行為』といいます。
企業はこのような行為を防ぐため、就業規則や個別の誓約書で従業員に『競業避止義務』を課すことがあります。
また、退職した元従業員に対しては、ケースごとに合理性や妥当性を加味したうえで、必要に応じて競業避止義務を課すことが可能です。
今回は具体的な例をあげながら、競業避止義務の有効性について考えていきます。

競業避止義務契約を結ぶ際の注意点

労働契約法では、『労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない』と定めています。
つまり在職中の従業員は、就業規則や誓約書で競業避止義務が明示されていなかったり、競業避止義務契約を結んでいなくても、競業避止義務を負うと認識されています。

たとえば、自社と競合関係にある会社の仕事を副業として請け負ったり、企業情報を他社に漏えいする行為は、競業避止義務違反となります。
企業にとっては、これらの行為によって自社の利益が妨げられる可能性があり、該当する従業員に対しては、懲戒や解雇などのペナルティを検討するケースもあるでしょう。
悪質な場合は、損害賠償請求に発展する可能性もあります。

しかし、競業避止義務を課すことができるのは、基本的には在職中の従業員に限られます。
労働者には憲法によって定められた職業選択の自由があり、退職者の競合他社への転職や同職種の会社の設立といった競業行為をすべて禁止すると、職業選択の自由を侵害することになってしまうからです。

したがって、退職した従業員に競業避止義務を課したいのであれば、労使間の合意のうえ、新たに競業避止義務契約を結ぶことになります
ちなみに、この契約を結んだとしても、すべての競業行為を禁止できるわけではなく、元従業員の職業活動を不当に制限する内容のものであれば、公序良俗違反として無効になる可能性があります。
競業避止義務契約の有効性については、いくつかの判断基準に沿って判断することになります。


競業避止義務契約の有効性はどう判断するか

では、競業避止義務契約の有効性は、どのような基準で判断するのでしょうか。
判断基準になるのは、以下の6つです。

(1)企業側の守るべき利益(秘密や技術)を侵害している
企業に守るべき利益がある場合は、競業避止義務契約の有効性が認められやすい傾向にあります。
守るべき利益とは、不正競争防止法によって保護されている営業秘密や、それに準じたノウハウや、技術のことです。
営業秘密には、企業が営業活動の過程で取得した顧客名簿や新規事業計画、商品の製造方法や設計図面などが含まれます。
それ以外にも営業方法や指導方法、集客方法などは守るべき利益と判断されます。
一方、退職者が在籍中に独自で築いた人脈や交渉術は、企業の守るべき利益とは判断されづらい傾向にあります。

(2)従業員が社内でも重要な情報を知る地位にあった
合理的な理由がないまま、すべての退職者や一部の職位にある従業員全員を競業避止義務の対象とする場合は、その有効性が否定される可能性があります。
一方、在職中に営業方法などのノウハウを直接伝授されていた従業員や、営業秘密に触れる機会の多い役員などに限った競業避止義務契約は、有効性が認められやすいといえます。

(3)事業を行うエリアが重複しているか
退職者が行う業務の性質によっては、事業を展開している地域が重複すると、元いた会社の利益を損なってしまう場合があります。
過去の判例では、『在職時に担当していた営業地域および隣接地域にある同業他社への転職や、同業の事業を起こすことを2年間禁じる』という契約の正否について争われたことがありました。
この裁判では、『やむを得ない限定の方法』として、競業避止義務契約の有効性が認められました。

(4)競業避止義務期間
義務を課す期間についても、競業避止義務契約の有効性を判断する基準となりえます。
一般的に、退職から1年以内は有効性が認められることが多く、2年目以降は、否定的な判断がなされる傾向にあります。

(5)業務内容や職種などを、明確に線引きして禁止しているかどうか
競業企業への転職をただ禁止するだけでは有効性が認められないことも多くあります。
したがって、業務内容や職種などを限定して競業行為を禁止する必要があります。
たとえば、競合他社への転職自体は禁止せず、顧客を奪う行為に限って禁止したり、退職者が在職中に担当していた営業先に限って営業活動を禁止したりする契約に対しては、有効性が認められたケースもあります。

(6)義務を課せられた従業員の不利益を、会社側が補填しているか
競業避止義務を課せられた元従業員は、職業選択上、不利益を被ることになります。
そのため、元従業員の不利益を補填する意味での退職金上乗せや、秘密保持手当の支給、退職後の支援制度や厚遇措置などを行うことで、その不利益を補填します。
これを代償措置といいます。
代償措置の有無だけで、義務の有効性が判断されるわけではありませんが、代償措置がなかった場合は、あった場合よりも有効性を否定されることが多くなるといえます。

このように、企業側が守るべき利益を損なわないよう、従業員に対して制約を課すことが、競業避止義務です。
ただし、この制約は必要最小限にとどめることや、従業員に対して過度な義務を課さないようにする配慮が重要です。


※本記事の記載内容は、2022年11月現在の法令・情報等に基づいています。

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