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税理士の佐藤です・・・江戸時代以前の東京は水浸しだった?

16.06.09 | 所長通信

今年の夏は利根川水系のダムの水不足が心配されています。私たちにとって大切な水は川が運んでくれます。また鉄道や自動車といった交通機関が発達する以前は、水運が物流の中心でした。川と町とは昔から密接な関係にありました。

江戸時代以前、利根川は現在の東京の辺りを流れていて、年中洪水を起こしていたため、土地は水浸しでとても人が住めるような場所では無かったようです。

江戸時代に入り徳川家康が江戸に入ると、すぐに江戸城の築城をはじめとした江戸の都市改造に取り掛かりました。家康はすでにあった河川の付け替えをすることで、洪水や灌漑などの治水事業を進めるとともに、船による物資輸送の体系をも整備しようとしたのでした。

この河川の付け替え事業は、世に「利根川の東遷、荒川の西遷」と言われています。

まず利根川については、川筋を東に移して鬼怒川と合流させ、銚子へと流れるようにしました。
この結果、江戸は河川を通じて直接太平洋と結ばれるようになり、銚子や佐原方面からの水運が発達するようになりました。
一方、渡良瀬川の下流だった流れは江戸川と名を変えて、利根川の分流となりました。

これにより、江戸は度重なる洪水からも解放され、水運により経済も発達し、人も集まり現在のような大きな街に発展して来ました。これらの経緯を考えると最近の集中豪雨などで街がすぐに水浸しになるのは仕方がない事のようにも思えてきます。

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