大阪プライム法律事務所

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認知症高齢者事故最高裁判決

16.03.13 | 企業の法制度

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認知症の男性が一人で外出中に列車にはねられ死亡した事故をめぐり、JR東海が家族に損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第3小法廷は3月1日に、男性の妻(93)と長男(65)の賠償責任を認めず、JR東海の請求を棄却する判決を言い渡し、家族側の勝訴が確定しました。この判決は、高齢化社会が進む中、認知症の人に対する家族介護のあり方とからんで大きな話題を呼びました。

この判決は、報道などでは家族に温かい判決であるとされ、おおいに世間からは歓迎されています。確かにこの事件で、亡くなった男性の妻と長男に賠償責任を負わせるのは酷であり、賠償責任を認めなかった結論はよかったと思います。ただ、判決の内容を詳細に読めば、判決本文で示された論理構成は、家族や近親者、その他の介護従事者等に対して、積極的な介護に及べば賠償責任を自ら背負うこともあるということになり、これからの介護関係者にとっては心配な面もあります。

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■事件概要
最高裁判決は、事故に至る経過を詳細に紹介しています。それをかいつまんで整理してみました。

(1)愛知県に住む男性A(当時91歳)とその妻(当時85歳)との間には4人の子がおり、長男と妻は横浜市に住み、他の子らもいずれも独立していた。
(2)男性は、事故の7年前に、食事をした後に「食事はまだか。」と言ったり、昼夜の区別がつかなくなった。5年前には、晩酌をしたことを忘れて何度も飲酒したり、寝る前に戸締まりをしたのに夜中に何度も戸締まりを確認したりするようになった。そのころから、妻、長男とその妻、長男の妹は、その頃、今後の男性の介護をどうするかを話し合い、長男の妻が単身で横浜市から近隣に転居し、妻による介護を補助することを決め、長男の妻は、男性宅に毎日通って介護をするようになり宿泊することもあった。長男は、横浜市に居住して東京都内で勤務していたが、1箇月に1、2回程度、実家で過ごすようになり、本件事故の直前の時期には1箇月に3回程度週末に訪ねていた。
(3)男性は、事故の5年前には、要介護1の認定を受け、その後要介護2に変更された。入院を機に認知症の悪化をうかがわせる症状を示すようになり、アルツハイマー型認知症という診断を受けた。デイサービスに通うようになり、施設に行かない日には、長男の妻が朝から男性の就寝まで自宅で男性の介護等を行い、就寝後は、妻が様子を見守るようにしていた。長男の妻は、男性に外出しないように説得しても聞き入れられないため、男性の外出に付き添うようになった。
(4)男性は、事故の2年前の早朝、1人で外出して行方不明になり、徒歩20分程度の距離にあるコンビニエンス・ストアの店長からの連絡で発見された。
(5)男性は、事故の約1年前の深夜、1人で外出してタクシーに乗車し、認知症に気付いた運転手によりコンビニエンス・ストアで降ろされ、その店長の通報により警察に保護されて、午前3時頃に帰宅した。
(6)長男の妻は、これらの出来事の後、家族が気付かないうちに男性が外出した場合に備えて、警察にあらかじめ連絡先等を伝えておくとともに、男性の氏名や自分の携帯電話番号等を記載した布をAの上着等に縫い付けたりした。また、長男は、自宅玄関付近にセンサー付きチャイムを設置し、男性がその付近を通ると男性の妻の枕元でチャイムが鳴り、自宅玄関に近づいたことを把握することができるようにした。男性が外出できないように門扉に施錠するなどしたこともあったが、男性がいらだって門扉を激しく揺するなどして危険であったため、施錠は中止した。他方、事務所出入口は日中は開放されており、以前から出入口にセンサー付きチャイムが取り付けられていたものの、その電源は切られたままであった。
(7)男性は、事故のあった年の2月には、日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁にみられ、常に介護を必要とする状態で、場所の理解もできないなどの調査結果に基づき、要介護4の認定を受けた。
(8)本件事故日(平成19年12月7日)の午後4時30分頃、デイサービスの送迎車で帰宅し、その後、椅子に腰掛け、妻や長男の妻らと一緒に過ごしていた。その後、長男の妻が自宅玄関先で片付けをはじめ、男性と妻だけになっていたところ、妻がまどろんで目を閉じている隙に、男性は事務所出入り口から1人で外出し、最寄り駅から列車に乗り、北隣の駅で降り、排尿のためホーム先端のフェンス扉を開けてホーム下に下りたところ、午後5時47分頃、その駅構内において列車との接触事故が発生し死亡した。

■JR東海からの損害賠償請求
この事故によって振替輸送などで損害を被ったJR東海が男性の遺族に損害賠償を求め、一審の名古屋地裁は、介護に携わった妻と長男に請求通り約720万円の支払いを命じました。 

■名古屋高裁の判決
その控訴審である名古屋高裁は、妻のみに地裁が認めた金額の半分である約360万円の支払いを命じ、長男には見守る義務はなかったとしてJRの請求を棄却しました(平成26年4月24日名古屋高等裁判所判決)。 

この判決では、重度の認知症だった男性の妻には、民法上の監督義務(民法714条)があったと認定しました。出入り口のセンサーの電源を切っていたことなどから、妻が徘徊の可能性がある男性への監督が十分でなかったと判断したのです。他方、一審で責任ありとされた長男については、20年以上も別居していて監督義務者にあたらないとして責任は否定されました。他方で、JR東海側にも、駅利用客への監視が十分で、ホームのフェンス扉が施錠されていれば事故を防げたとの事情もあるとして、過失相殺をして、賠償額を5割に減額しました。 

■最高裁判決の概要
この件は、妻と長男は監督責任を負うのか、監督責任者に当たる場合、賠償責任は免責されるかが争点となりました。 

最高裁は、①認知症などで精神上の障害による責任無能力者について「保護者や成年後見人であることだけでは、直ちに法定の監督義務者に該当するということはできない」(同居する配偶者だからといって直ちに当たるわけではない)という初判断を示した上で、②法定の監督義務者に該当しない者であっても、その監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、「法定の監督義務者に準ずべき者」として、賠償責任を負う場合があるという判断を示しました。③その上で、事故当時の妻は85歳で要介護1の認定を受けており、長男も20年以上別居していた点から、監督責任を負わないとしました。

■監督義務者の責任(民法714条)とは
民法の713条では、精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力(簡単に言えば適正な判断ができる能力)を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない、としています。つまりは、そういった状態の認知症者本人には、賠償責任を負わせないわけです。

ここで問題になるのは、その次にある714条です。これは、適正な判断ができない責任無能力者が他人に損害を与えた場合に、責任能力がないために責任を負いません。そのときは、その監督義務者や代理監督義務者が無過失を立証しない限り賠償責任を負わせるとしています。

この条文がよく問題になるケースとしては、小さな子どもが他人に被害を生じさせたケースです。他人の家で火遊びをして火事になったケースや鉄道線路に石を置いて脱線させたケース、学校でいじめ行為をして自殺を招いたケースなどがよく言われる事例です。こういったケースにおいて、誰も責任を負わなくともいいかという議論からすれば、被害者には酷なため、その加害者に対して監督すべき者がいたならば、その者に責任を負わせることで、賠償責任のバランスを持たせたものと言えます。 

■新しく示された2つの規範
今回の最高裁判決では、2つの新しい規範が示されました。 

第1の点は、精神保険福祉法上の保護者(これは平成25年に廃止)や成年後見人であることだけでは直ちに監督義務者に該当するということはできず、同居する配偶者だからといって、直ちに監督義務者に当たるとすることはできない、としたことです。従来の裁判例や伝統的通説では、保護者はともかくとして、成年後見人は法定の監督義務者に該当すると考えられていましたが、最高裁はこれを否定しました。

第2の点は、責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らして、第三者に対する加害行為の防止に向けて、責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなど、「監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情」が認められる場合は、「準監督義務者」として監督義務者責任(民法714条1項)が類推適用される、としたことです。 

責任を負う「準監督義務者」となるかどうかの判断時に考慮すべき事情として、最高裁は、(1)本人自身の生活状況や心身の状況、(2)本人との親族関係の有無・濃淡、同居の有無その他の日常的な接触の程度、(3)本人の財産管理への関与の状況など関わりの実情、(4)本人の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、などの4点を挙げ、これらに対応して行われている監護や介護の実態、など諸般の事情を総合考慮して、その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断するものとしました。そして、これをあてはめた場合、今回のケースでは、妻も長男も「準監督義務者」にはあたらないと結論しました。

ここの部分は、具体的な規範を提示しており、今後、認知症者が他者に損害を与えてしまった事案の判断における枠組みを示したものと言えます。 

これが今後の実務に及ぼす影響は小さくないと思います。今後、多くの解説や研究者の先生方の分析が多数出てくるでしょうし、また、今後のさまざまなケースでの判決例での積み重ねで、より詳しい判断枠組みが構築されていくものと思われます。 

■3名の裁判官の補足意見・意見
なお、この最高裁判決は5名の裁判官で構成された第3小法廷で出されましたが、そのうち木内道祥裁判官が補足意見を、岡部喜代子裁判官、大谷剛彦裁判官がそれぞれ意見を出しています。「補足意見」は判決理由は多数意見と同じだが言い足りないと考えている部分を補足説明したもので、「意見」というのは、判決の結論には賛成だが、理由が違う等で裁判官個人が意見を表明するものです。

(木内裁判官の補足意見)
民法714条の法定監督義務者、準監督義務者についての多数意見に賛同するものですが、保護者、成年後見人とこれらの義務者との関係などについて補足して意見を述べています。
(岡部裁判官の意見)
多数意見の結論に賛成するが、長男は法定の監督義務者に準ずべき者に該当するものの民法714条1項ただし書にいう「その義務を怠らなかったとき」に該当するとしています。
(大谷裁判官の意見)
結論として多数意見と同じく、本件の妻や長男は民法714条1項の法定の監督義務者としての損害賠償責任を負わないと考えるが、多数意見と異なり、本件の妻や長男は同項の責任主体として法定の監督義務者に準ずべき者にあたるが、その義務を怠らなかったとして同項ただし書により免責されるものと考えるとし、そこの点で岡部裁判官の意見と同じであるが責任主体としての捉え方について別の考えを述べています。
(岡部意見と大谷意見の相違)
岡部・大谷裁判官の意見は、長男は介護体制の中心的な立場にあって準監督義務者に該当するが、義務を怠らなかったので免責されるという点が共通で、成年後見人の成年被後見人に対する身上配慮義務から第三者に対する加害防止義務を導き出すか否かで意見が分かれているように思われます。岡部裁判官は否定、大谷裁判官は長男は成年後見人に選任されてしかるべき者として肯定しています。

■気になる点
今回の最高裁の出した判断枠組みは、一定の基準を示してはいますが、家族や近親者、その他の介護従事者等にとってより積極的な介護に及んでいけば、監督責任を負う方向になりかねないという不安があります。これからの介護関係者にとっては心配な面があるしたのはこの点です。そもそも多数意見以外に、3名の裁判官が意見で、これだけ考え方の違いが示されたようなことは、あまり多くありません。これらは、管理責任を定めた民法714条がすっきりとしていないことから来ているとも思います。より積極的な介護に及んでいけば監督責任を負う方向になっていくことになりかねないという不安を解消するためには、民法の改正も含めた議論が必要なのかもしれません。

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