大阪プライム法律事務所

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木村花さんと「侮辱罪」改正

21.09.04 | ニュース六法

現代社会において、そのとき話題となっている人物に対してSNSなどで厳しく誹謗中傷する行為が横行していて社会的問題となっています。そのような中、昨年5月に、人気テレビ番組に出演していたプロレスラーの木村花さん(当時22歳)が、SNSで多数の誹謗中傷を受けた後に自殺をしました。この件では、投稿者2名の男のみが、「侮辱罪」で書類送検され、結果として、二人ともわずか9,000円の科料の略式命令になっただけでした。侮辱罪の法定刑は30日未満の拘留または1万円未満の科料で、軽犯罪法違反と同じであるため、「時代に合っていない。匿名の中傷は罰則強化が必要だ」との声が上がりました。

こうした問題提起もあって、法務省内でプロジェクトチームが作られて議論が重ねられ、侮辱罪の軽い法定刑を見直し、懲役刑を導入する方針を固め、本年9月中旬に開かれる法制審議会に諮問することになりました。

■改正審議
木村花さんの事件のときは、2名だけの立件でしたが、実は過激な内容の誹謗中傷の書き込みは約300件もあったようですが、捜査でその大半が立件には至りませんでした。その原因はいくつかありますが、最大の壁となったのは、書き込み者の特定と並んで、侮辱罪の公訴時効(起訴可能期限)の1年という短かさでした。

侮辱罪が制定された当時はネット中傷などを想定したものではありませんので、重大な人権侵害を引き起こすSNS上などでの誹謗中傷への対処のためには、必要な改正時期にきていると思われます。本年9月中旬から開かれる法制審議会では、懲役刑の導入の方向になるようですが、それに伴って公訴時効も現行の1年から3年に延びるので、抑止効果や泣き寝入りの防止につながるとみられます。また、投稿者の特定や訴訟に多大な時間や費用がかかることも早く変えていかないとなりません。 

■「侮辱罪」と「名誉棄損(きそん)罪」について
この2つの罪は、一見同じように思われる方が多いのですが要件に違いがあります。

「誉毀毀損罪」(刑法230条)は、「①公然と、②事実を摘示し、③人の名誉を毀損すること」で、原則としてはその事実の有無にかかわらず成立します。法定刑は3年以下の懲役もしくは禁錮又は50万円以下の罰金となっています。(事実摘示が公共の利害に関する事実に関係し、その目的が専ら公益を図ることにあった場合は例外になっています。)

「侮辱罪」(刑法231条)は、「①事実を摘示しなくても、②公然と、③人を侮辱すること」で成立します。

このように、具体的事実を示して人の社会的信用をおとしめるのが名誉毀損罪で、事実を示さないでおとしめるのが侮辱罪となります。名誉棄損罪が3年以下の懲役刑が入っているのに対して、侮辱罪では悪質性が低いと位置づけられ、拘留(1日以上30日未満の拘置)または科料(1,000円以上1万円未満)で、懲役刑のある名誉棄損罪より軽くなっています。

現在の公訴時効(起訴可能期限)は、名誉棄損が3年ですが、侮辱罪は1年と短くなっています。この公訴時効は、犯罪行為の終了時点から1年と定められており、犯人を知った日が遅かったとしても、その時点で犯罪行為から1年が経過していた場合には、検察官は起訴することができません。これについて、懲役刑の導入で公訴時効も3年となると、被害者にとってはハードルが下がることになります。(なお、SNSでの中傷は投稿がネット上に掲載されている期間は犯罪終了とはなっていないので、削られてから起算ということになりますが、それがいつの時点だったかが分かりにくいことが難点です。) 

■「公然と」の要件
侮辱罪でも「公然と」されることが要件となっています。「公然と」とは、不特定または多数の人が知る状態ですので、多くの人が集まる場での発言や多数の人が目にする貼り紙などでないと、公然性を満たしていることになりません。SNSでの書き込みの公然性は当然にあります。

法律相談で、ときどき、「ある人物から面と向かって侮辱された」とか、「ある人物から送られてきた手紙やメールで侮辱された」とか、「自分の友人に宛てたメールの中で中傷されていた」などとして、刑事告訴できるかという質問があります。
そのときに問題になるのが「公然性」です。告訴したい気持ちは分かりますが、そこに居たのが相手と二人だけの場であったとか、手紙もメールも一対一でなされたものであるならば、そこには「公然性」はないので、通常は「告訴は無理ですね。」という答えになります(相談者はたいがい釈然としない顔をされますが。) 

■「事実の摘示」の有無とは
名誉毀損罪は事実の摘示がないと成立しませんが、事実の摘示がない場合には、侮辱罪が問題となります。侮辱罪が成立する事例としては、例えば、「おまえはバカだ。」、「間抜けやろうだ」、「この犯罪者め」、「ブスだ」、「無能で役立たず」、「この売春婦め」といったように、何らかの事実関係を指摘しているわけだはなく、概念的又は抽象的意見でもって他人を誹謗する行為です。 

■「正当な批評」について
本人が公然と侮辱されたと思った場合でも、その内容が、行動や考え方に対する「正当な批判・批評」にあたる場合は、言論の自由が憲法上保障されていることから、侮辱罪と成立しません。どのような程度であれば正当な批判・批評となるかどうかに明確な基準はありませんが、少なくとも相手の人格そのものを否定するような内容は侮辱罪になる可能性があります。

■木村花さんのような悲劇は、この世からなくすためにも、必要な制度改正をすべきです。他方で、それが行き過ぎてしまって、表現の自由への過度な侵害にはならないようにも注意が必要です。この点のバランスをどうしていくかが、法適用の難しいところです。

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