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ビジネスと人権~経産省「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」公表

22.08.15 | 非営利・公益

令和4(2022)年8月8日、経済産業省は、「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」を公表し、意見募集(「「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」に対する意見募集」)を始めました。
これは、欧米を中心に人権尊重を理由とする法規制の導入が進み、企業として取組の強化も求められていることもあり、わが国において、サプライチェーンにおける人権尊重の取組に関する業種横断的なガイドラインを作成するものです(募集期間は8月29日まで)。
今後、大企業はもちろん、中小企業においても企業活動の中での人権尊重に向けた取組が、企業の存続において重要な課題になっていくものと思われます。
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=595222054&Mode=0

このガイドラインを読み込むのは大変ですが、ざっと見た限りでは、日本企業向けに作成されたことから具体的な対応イメージが持ちやすいこと、国内だけで事業展開している企業や、サプライチェーンの間接的な取引先も対象としており、実際に起こった事例なども挙げながら説明していることなどは、よく練られているという印象はありました。一方で、ガイドラインとして法的拘束力がない点がどうしても限界があるのと、中小企業における対策という視点ではもう少し踏み込みが足りないという印象があり、また、大企業から対策を押つけられかねない中小企業への配慮ももっと組み込むべきであろうという感想は持ちました。
ここでは、ご自身でガイドライン案を読む方のために、その主な内容を要約してみました(ガイドライン本文は「である調」ですが、ここでは「ですます調」にしてみました。)
■主な内容
①ガイドライン策定の経緯等
②人権尊重の取組にあたっての考え方
③人権方針の策定
④人権デュー・ディリジェンス(人権DD)の実施
⑤救済

■ガイドライン策定の経緯と目的、対象等
グローバル化の進展によって、企業活動が人権に及ぼす負の影響が拡大し、企業活動による人権侵害についての企業の責任に関する国際的な議論がより活発になる中で、2011 年に「ビジネスと人権に関する指導原則」が国連人権理事会において全会一致で支持されました。同原則では、国家の人権保護義務・企業の人権尊重責任・救済へのアクセスという 3 本柱を規定しており、国家と企業とは、相互に補完し合いながらそれぞれの役割を果たしていくことが求められています。

また、OECD(経済協力開発機構)による「OECD 多国籍企業行動指針」の改訂、ILO(国際労働機関)による「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」の改訂に際して、国家の人権保護義務や企業の人権尊重責任が盛り込まれました。

そのような中で、日本政府も支持するこれら「国連指導原則」、「OECD多国籍企業行動指針」及び「ILO多国籍企業宣言」が示すように、国家が人権保護義務を負うことはもちろん、企業に人権尊重責任があることも、国際的な原則です。日本政府は、2020年10月、「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」を策定・公表し、2021年11月には、経済産業省と外務省が共同で実施した「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査」の結果を公表しましたが、その調査で日本政府によるガイドラインの策定等への強い要望も示されました。さらに、他の多くのステークホルダー(注)からも、企業による人権尊重の取組促進に関して日本政府によるイニシアチブを期待する声が上がっていました。

日本政府は、このような状況を踏まえ、国際的なスタンダードを踏まえた企業による人権尊重の取組をさらに促進すべく、2022 年 3 月、経済産業省において「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」を設置して検討を重ね、今回のガイドライン案の策定・公表に至ったというものです。

(注)ステークホルダーとは
企業の活動により影響を受ける又はその可能性のある利害関係者を指しますが、その例としては、取引先、自社・グループ会社及び取引先の従業員、労働組合・労働者代表、消費者のほか、市民団体等のNGO、業界団体、人権擁護者、周辺住民、投資家・株主、国や地方自治体等が考えられる(ガイドライン案8頁での解説)。
ここでの「人権擁護者」とは、個人で又は他者とともに、人権を促進し又は保護するために平和的な方法で行動する人々を指し、具体例としては、先住民が権利を持つ土地が違法に収奪されたことについて正当に問題提起をする現地の弁護士等が挙げられるとしています(ガイドライン案8頁での注書き)。

 ■人権尊重の取組にあたっての考え方
(1)経営陣によるコミットメントが極めて重要である
(2)潜在的な負の影響はいかなる企業にも存在する
(3)人権尊重の取組にはステークホルダーとの対話が重要である
(4)優先順位を踏まえ順次対応していく姿勢が重要である
(5)各企業は協力して人権尊重に取り組むことが重要である

■人権方針の策定
人権方針は、企業が、その人権尊重責任を果たすという企業によるコミットメント(約束)を企業の内外のステークホルダーに向けて明確に示すものです。その際には、次の5つの要件を満たす人権方針を通じて、企業の内外に向けて表明するべきであるとしています。
① 企業のトップを含む経営陣で承認されていること
② 企業内外の専門的な情報・知見29を参照した上で作成されていること
③ 従業員、取引先、及び企業の事業、製品又はサービスに直接関わる他の関係者に対する人権尊重への企業の期待が明記されていること
④ 一般に公開されており、全ての従業員、取引先及び他の関係者30にむけて社内外にわたり周知されていること
⑤ 企業全体に人権方針を定着させるために必要な事業方針及び手続31に、人権方針が反映されていること

この策定に際しての留意点として、事業の種類や規模等は各企業によって様々であり、負の影響が生じ得る人権の種類や、想定される負の影響の深刻度等も各企業によって異なることから、人権方針の策定にあたっては、まずは、自社が影響を与える可能性のある人権を把握する必要があるとしています。

そして、検討に当たっては、社内の各部門(例:営業、人事、法務・コンプライアンス、調達、製造、経営企画、研究開発)から知見を収集することに加えて、自社業界や調達する原料・調達国の事情等に精通したステークホルダー(例:労働組合・労働者代表、NGO、使用者団体、業界団体)との対話・協議を行うことによって、より実態を反映した人権方針の策定が期待されるとしています。 

■人権デュー・ディリジェンス(人権DD)の実施
人権DDは、企業が、自社・グループ会社及びサプライヤー等における人権への負の影響を特定し、防止・軽減し、取組の実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示していくために実施する一連の行為をいいます。

ガイドライン案では、人権に対する「負の影響」として次の3類型を示しています。
①企業がその活動を通じて負の影響を引き起こす(cause)場合
②企業がその活動を通じて-直接に、又は外部機関(政府、企業その他)を通じて-負の影響を助長する(contribute)場合
③企業は、負の影響を引き起こさず、助長もしていないものの、取引関係によって事業・製品・サービスが人権への負の影響に直接関連する(directly linked)場合

その上で、次の事項について詳細に記載している。
(1)負の影響の特定・評価
人権DDの第一歩は、企業が関与している、又は関与し得る人権への負の影響を特定し評価することであるとし、その際には従業員、労働組合・労働者代表、市民団体、人権擁護者、周辺住民等のステークホルダーとの対話が有益であるとしています。その具体的な負の影響の特定・評価プロセスは、(a)リスクが重大な事業領域の特定、(b) 負の影響の発生過程の特定、(c) 負の影響と企業の関わりの評価、(d) 優先順位付けを挙げて説明をしています。
そして、負の影響の特定・評価プロセスの留意点として、継続的な影響評価が必要とし、定期的な評価に加えて、例えば、新たな事業活動を行おうとし又は新たな取引関係に入ろうとする場合、事業における重要な決定又は変更(市場への参入、新製品の発売、方針変更、又は事業の大幅な変更など)を行おうとする場合、事業環境の変化(社会不安の高まりによる治安の悪化など)が生じていたり予見されたりする場合にも、影響評価を実施すべきであるとしています。

また、脆弱な立場にあるステークホルダー(社会的に弱い立場に置かれ又は排除されるリスクが高くなり得る集団や民族に属する個人)への潜在的な負の影響に特別な注意を払うことが望ましいとし、例として、外国人、女性や子ども、障害者、先住民族、民族的、種族的、宗教的又は言語的少数者を挙げています。

さらに、負の影響の特定・評価の前提となる関連情報を収集する必要があるとして、方法として例えば、ステークホルダーとの対話、苦情処理メカニズムの利用、現地取引先の調査(例:労働環境の現地調査、労働者・使用者等へのインタビュー)、書面調査(例:現地取引先に対する質問票の送付、契約書等の内部資料や公開情報の調査)を挙げています。
た武力紛争が生じている地域や犯罪者集団による広範な暴力又は深刻な危害が人々に及ぼされている地域等における留意点にも触れ、そうしたところには、高いリスクに応じた人権 DD(強化された人権 DD)を実施すべきとしています。

そして、影響への対応の優先順位付けの考え方として、人権への負の影響の深刻度により判断され、深刻度の高いものから対応することが求められ、同等に深刻度の高い潜在的な負の影響が複数存在する場合には、蓋然性の高いものから対応することが合理的であるとしています。そして優先順位は、状況の変化に応じて変わり得るものであるため、継続的な影響評価を行うことが重要になるとしています。

また、深刻度の判断基準として、人権への負の影響の「規模」、「範囲」、「救済困難度」という3つの基準を挙げて、それらを踏まえて判断されるとし、企業経営に与え得る負の影響(経営リスク)の大小を基準として判断されないとも指摘しています。

人権DDは自社内や直接的な取引先だけでなく、供給網全体での対応を求めています。ここでは日本特有の問題として技能実習生への人権配慮を例示しています。技能実習生のパスポートを保管したり、貯蓄金管理に関する契約を締結したりするケースについて見直しを促しました。技能実習生の受け入れ企業には、悪質な仲介業者が介在していないかを監理団体などと連携しながら確認することも求めています。

(2)負の影響の防止・軽減
企業は、人権尊重責任を果たすため、企業活動による人権への負の影響を引き起こしたり助長したりすることを回避し、負の影響を防止・軽減することが求められるとしました。また、企業がその影響を引き起こし又は助長していなくても、取引関係によって企業の事業、製品又はサービスに直接関連する人権への負の影響については、防止・軽減に努めることが求められるとしています。その視点で、特定・評価された負の影響の防止・軽減について、経営陣の最終責任の下で、責任部署・責任者を明確にして適切に取り組む必要があるとしてます。

そして、検討すべき措置の種類として、自社が人権への負の影響を引き起こし又は助長している場合には、例として以下のような措置をとるべきであるとしています。
(a) 負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を確実に停止するとともに(例:有害物質を使用しないために製品設計を変更)、将来同様の負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を防止する。
(b) 事業上、契約上又は法的な理由により、負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を直ちに停止することが難しい場合は、その活動の停止に向けた工程表を作成し、段階的にその活動を停止する。

そして、適切な措置を検討する際にはステークホルダーと対話を行うことが期待されるともしました。

自社が引き起こしたり、又は、助長したりしていないが、自社の事業・製品・サービスと直接関連する人権への負の影響が生じている場合には、企業は、その負の影響そのものに対処できないとしても、状況に応じて、負の影響を引き起こし又は助長している企業に対して、影響力を行使し、若しくは、影響力がない場合には影響力を確保・強化し、又は、支援を行うことにより、その負の影響を防止・軽減するように努めるべきであるとして、その具体例を示しています。
その具体例としては、児童労働が発覚したサプライヤーに対して、雇用記録の確認や、児童がサプライヤーにおいて雇用された原因の分析を行い、その結果を踏まえて、更に徹底した本人確認書類のチェック等の児童の雇用を防ぐための適切な管理体制の構築を要請するとか、貧困故に就労せざるを得なかったその児童に就学環境改善支援を行っているNGOに協力する、などを挙げています。

対応策の一つである「取引停止」にも言及しています。
ただし、取引停止は、自社と人権への負の影響との関連性を解消するものの、負の影響それ自体を解消するものではなく、むしろ、負の影響への注視の目が行き届きにくくなったり、取引停止に伴い相手企業の経営状況が悪化して従業員の雇用が失われる可能性があったりするなど、人権への負の影響がさらに深刻になる可能性もあるとして、慎重な対応について注意喚起しています。
具体的な注意点として、直ちにビジネス上の関係を停止するのではなく、まずは、サプライヤー等との関係を維持しながら負の影響を防止・軽減するよう努めるべきで、取引停止は、最後の手段として検討され、適切と考えられる場合に限って実施されるべきであるとしています。

また、国家等の統治者の関与の下、人権侵害が行われている場合においては、自社がこの地域で行う事業活動とその人権侵害との関連性の有無・強弱を判断することは容易でないことも想定され、疑義があるとしても、即時にその地域における自社の事業停止や終了が求められるわけではないとしつつ、関連性について慎重に検討した結果、事業停止や終了という判断に至ることも十分に考えられるとしています。 

紛争等の影響を受ける地域からの「責任ある撤退」について
こうした地域においては、急激な情勢の悪化等により、企業が突如として撤退せざるを得なくなるケースがあるが、それによって消費者が生活に必要な製品・サービスを入手できなかったり、撤退企業から解雇された労働者が新たな職を得ることが一層難しくなったりすることが考えられるとし、こうした事態は、紛争等の影響を受ける地域において人権への負の影響をより深刻にする背景事情として重要であると指摘しています。

そして、企業は、こうした際の判断においては、強化された人権DDを実施し、通常の場合以上に慎重な責任ある判断が必要であるとし、可能な限り、撤退によって影響を受けるステークホルダーに生じる可能性のある人権リスクについて考慮し、撤退の是非等について判断する必要があるとしています。

■救済
企業は、自社が人権への負の影響を引き起こし、又は、助長していることを認識した場合、救済を実施し、又は、救済の実施に協力すべきであるとしています。謝罪や金銭的・非金銭的補償、再発防止策の表明などを例示しました。

また、自社の事業・製品・サービスが負の影響と直接関連しているにすぎない場合は、その企業には救済を実施する責任はないが、負の影響を引き起こし又は助長した他企業に働きかけることにより、その負の影響を防止・軽減するよう努めるべきであることを留意点として挙げています。

救済の仕組みには、「苦情処理メカニズム」及び「国家による救済の仕組み」を挙げ、企業及びステークホルダーは、それぞれの仕組みの特徴を踏まえて、個別具体的な場面に応じて、適切な仕組みを選択して利用することになるとしています。

前者に関しては、企業は、企業とそのステークホルダーに関わる苦情や紛争に取り組む一連の仕組みである苦情処理メカニズムを確立するか、又は、業界団体等が設置する苦情処理メカニズムに参加することを通じて、人権尊重責任の重要な要素である救済を可能にするべきであるとしています。

後者に関しては、司法的手続としては裁判所による裁判、非司法手続としては、厚生労働省の個別労働紛争解決制度や OECD 多国籍企業行動指針に基づき外務省・厚生労働省・経済産業省の三者で構成する連絡窓口(National Contact Point)、法務局における人権相談及び調査救済手続、外国人技能実習機構における母国語相談等の存在を挙げています。

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