大阪プライム法律事務所

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藤井聡太四段14歳の活躍(労働基準法と深夜業)

17.07.01 | ニュース六法

14歳の棋士、藤井聡太四段(14)が、30年ぶりの新記録となった公式戦29連勝を果たして世間を驚かせています。すごい中学3年生が出てきたものです。
毎回の対局は朝から晩まであるハードなもの。通学している名古屋大教育学部付属中・高校(名古屋市千種区)は、対局が平日のときは学校を欠席するも、成績はよい模様です。
しかし、中学生に午後10時以降まで対局をさせて、労働基準法上で問題が出ないのか気になっている方もおられるようで、一部メディアでも解説がされたりしています。

そこでの答えは、「棋士は個人事業主」だから大丈夫なのです。これを見ていくと、過去に出された18歳未満の深夜業における「芸能タレント通達」、「光GENJI通達」にもつながるものがあります。

■年少労働者の労働規制

私たちが身近にみる素人将棋は、あっという間に勝負が決まるので、早いものです。しかし、プロ同士が真剣勝負するとなると長時間です。藤井四段が26勝目となった6月15日は、持ち時間各6時間も含めてですが、午前10時から午後10時53分までかかっています。藤井四段が会場を後にしたのは午前0時過ぎとのことでした。

藤井四段を一人の労働者であると仮定したら、これはただ事ではありません。労働基準法では、労働をさせてもいい最低年齢を定めていて、使用者は、満15歳に達した日以後の最初の3月31日までは使用してはならないと定めています(56条1項)(これについては一定の例外があり、後述します)。これに違反して働かせた者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられます。

また、18歳未満の労働者を深夜労働(午後10時~午前5時)させることも原則的に禁止しています(61条1項)(ただし、これにもいくつかの例外があります。)。

満13歳以上の児童については午後8時~午前5時が禁止され、映画の製作又は演劇の事業については満13歳未満の児童でもOKですが午後9時~午前6時は禁止です(61条5項)。これら年少者の労働時間規制に違反して働かせた者は、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処せられます。

■個人事業主には適用なし
ただし、労働基準法が対象とするのは、あくまでも事業主から雇用されている労働者の場合だけです。
実は、日本将棋連盟に所属している棋士は、「個人事業主」とされています。したがって、労働基準法の対象ではないので、棋士の労働時間に制約はありません。どこまで勝負に時間をかけるかは、棋士の判断に委ねられています。

■棋士という職業とは
棋士は、本将棋を職業(プロ)とする人のことを言いますが、正確には、公益社団法人日本将棋連盟に所属し、棋戦に参加する者を指します。ちなみに、アマチュア大会に出場するアマチュアは、「選手」と呼ばれています。

日本将棋連盟は、棋力が一定の水準に達したことを理事会で確認した棋士、女流棋士を正会員とし、正会員をもって社団法人の社員としています(同会定款第5条)。この連盟所属棋士は、連盟に雇用されるものではなく、「個人事業主」として扱われています。

連盟所属棋士は、連盟から公式戦への参稼に応じた報償金等(賞金、対局料、その他謝金)を支給されます(定款第36条、参稼報償金取扱要領第4条)。この中には、各連盟所属棋士の実績に応じて、毎月支給される定額の参稼報償金というものが含まれ、連盟所属棋士にとっては固定収入となっています。連盟から支給される参稼報償金等は、主に公式戦を共同主催するスポンサー企業との契約金等を原資としています。

現役の連盟所属棋士にとっては、公式戦の対局は公務とされていて、定められた公式戦はすべて出場しなければならないとしています(対局規定第2章総則第1条)。連盟は、スポンサー企業とともに公式戦の運営等を行っていて、多数存在する連盟所属棋士がうまく参加できるよう、タイトル戦を含む複数の公式戦の日程が折り重なりあうようにして組まれています。所属棋士が公式戦を休場する場合には、その理由(病気・留学・公職等)と期間を記した休場届を常務会に提出しなくてはならず、常務会の受理によって休場が認められることになっています(対局規定第4章第3条)。
(※ 以上の記載は、昨年の将棋の三浦弘行九段が対局中にコンピューターソフトを不正使用したと疑われ公式戦出場停止処分を受けたが第三者調査委員会の調査で不正はなかったとされた際の報告書に基づいています。)

藤井四段は、昨年10月1日付で四段昇段となり、史上最年少での中学生棋士となりました。14歳2ヶ月での棋士仲間入りは、ひふみんこと加藤一二三の持つ記録を62年ぶりに5ヶ月更新する快挙でした。

個人事業主ということは、言ってみれば、収入もすべて個人責任です。将来的に職業としてやっていくにはかなり厳しい世界です。公式戦は、出場義務もあることからして、学生であることの配慮もどこまでしてもらえるのか気になるところです。連盟は「勉学への支障がないように最大限配慮していきたい」として、今後は対局をなるべく土日に設ける方針を示しています。

 ■本当に個人事業主か?
以上、棋士は個人事業主という前提でお話をしましたが、本当にそうなのかは、一応吟味しておく必要があります。実は、この世の中、労働基準法の適用を免れるために、実態が労働者なのに、あえて「個人事業主」という形だけ作ってしまう輩もいるからです。

通常、労働者か否かは、雇用主に「使用」されていて「従属しているか」否かで決まります。判断の要素としては、「仕事を頼まれたときに断ることが出来るかどうか」、「業務命令を断れるかどうか」、「雇用主や上司から仕事の指示がされるかどうか」、「雇用主や上司に仕事の報告を求められるかどうか」、「勤務時間が決められているかどうか」、「遅刻・早退・欠勤について管理されているかどうか」、「自分以外の人に代わりに仕事をしてもらうことが出来るかどうか」、「報酬が時間給・日給・月給など時間を単位に計算されているかどうか」、「他の仕事に従事できるかどうか」などから、総合的に判断していくことになります。

そこで一番ポイントになるのは、労働時間が管理されていることと報酬の計算単位だと思われます。先ほどの将棋連盟のルールからして、公式戦の出場が義務化されていますので、やや気にはなりますが、他の仕事や学業をすることは基本的に自由ですし、報酬も完全に勝敗性のようですから、やはり労働者とは言いにくいのかもしれません。

■18歳未満の深夜業における「芸能タレント通達」、「光GENJI通達」
先ほど、児童の深夜業について、あれこれの規制があると説明しました。これに対して、いわゆる通称「芸能タレント通達」とか「光GENJI通達」と呼ばれている通達があります。1988年に出た解釈例規(昭和63年7月30日基収355号)です。

これは従来の解釈の延長として、タレントという具体的職種について労働者性を検討する場合の指針を示したものですが、この通達によって、次の4要件を全て満たすならばそのタレントは労働基準法上の労働者ではないとされました。今回の藤井四段の問題とも重なってきます。

1 当人の提供する歌唱、演技等が基本的に他人によって代替できず、芸術性、人気等当人の個性が重要な要素となっていること。
2 当人に対する報酬は、稼働時間に応じて定められるものではないこと。
3 リハーサル、出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあってもプロダクション等との関係では時間的に拘束されることはないこと。
4 契約形態が雇用契約ではないこと。

これらの条件を満たす場合は、15歳未満でも午後8時以降も働くことができるようになっています。
この通達は、その当時14歳を含んでいた光GENJIのメンバーが、当時毎週夜9時から生放送されていた歌番組にフルメンバーで出演できなかったのですが、この通達によって労働者でないという解釈になって、フルメンバー出演ができるようになったのでした。
 (写真は、光GENJIのCD「333 Thank You」より)

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