大阪プライム法律事務所

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ハリルホジッチ元監督の1円訴訟

18.08.03 | ニュース六法

あのバヒド・ハリルホジッチ氏が、日本サッカー協会と田嶋幸三会長に、謝罪広告や慰謝料1円などを求めた訴訟が始まったようです。
同氏がサッカー・日本代表監督を4月に解任された後に、協会による解任発表記者会見で名誉を傷つけられたとして、謝罪や慰謝料1円などを求めた訴訟の第1回口頭弁論が、7月27日に東京地裁で開かれました。訴状では、田嶋会長が、会見で「選手との信頼関係の薄さ」を挙げたことについて、「コミュニケーション能力を持たず、独断・独裁的な印象を与え、監督としての社会的評価を著しく低下させた」と主張していました。これに対して、日本サッカー協会側は、①双方の間には「仲裁合意」があるので東京地裁には管轄が無く訴えの却下をすべき、②コミュニケーション問題の不足という田嶋会長の発言後、ハリルホジッチ氏には監督就任のオファーが届いており、評価は低下していないし名誉毀損には当たらない、と反論したようです。
請求額が1円というのも気になりますが、仲裁合意の主張が出たことは興味深く感じます。

■争点は
ここでの争点は、まさに反論の2点、つまり、①仲裁合意があって東京地裁で審理できないのかどうか、②解任時の記者会見が名誉毀損にあたるか、だろうと思われます。

名誉毀損にあたるとして賠償が認められるかどうかは、「コミュニケーションの問題」を解任理由として公表したことをどのように法的に評価するかにかかるのと、解任理由につき「真実であるかどうか、また結果的に真実であると立証できなかったとしても真実と誤信した相当の理由が存するかという点などが議論となっていくものと考えられます。ただ、こういった議論に入る前に、仲裁合意の存在が審理に入る以前の段階で「却下」(門前払い)となるかが一つの関門となります。

その中身は公にはなっていませんが、日本サッカー協会側は、双方の契約の中に仲裁合意があるといい、契約に伴う紛争に関しては、国際サッカー連盟(FIFA)またはスポーツ仲裁裁判所(CAS)での仲裁にて解決することが盛り込まれていて、東京地裁には管轄権がないとして、訴えの却下を求めているようです。

■仲裁合意とは
仲裁とは、当事者が私人である第三者をして争いを判断させ、その判断に服することを合意することで、これを「仲裁合意」といいます。その場合は、この仲裁人の判断=仲裁判断には、裁判所による確定判決と同一の効力が認められています(仲裁法45条)。

この仲裁合意があった場合、仲裁合意の対象となる民事上の紛争について訴えが提起されたときは、裁判所は、被告の申立てにより、訴えを却下しなければならないと決められています(仲裁法14条1項本文)。つまり、仲裁合意は、裁判所による解決の手段を放棄することを意味するので、それに合意する際は慎重であらねばなりません。

■仲裁合意の範囲
今回、バヒド・ハリルホジッチ氏が求めているのは、双方が交わした契約の中身の紛争ではなく、解任後の名誉毀損行為への賠償請求というものです。したがって、少し気になるのは、契約の中で交わしていたとされる仲裁合意の範囲です。これを、「契約違反に基づく紛争」に限定されていた場合、「不法行為に基づく損害賠償請求」などは、もしかしたら「仲裁合意の対象となる民事上の紛争」ではないとして、却下の対象ではないとされる余地もあるかもしれません。このあたりは、契約内容がどうなのかによるので、何ともいえません。今後の展開が気になります。 

■なぜ1円の請求?
今回の訴訟は、「1円訴訟」としても話題になっています。ある意味珍しいとも言えますが、請求する側として、お金を目的とした訴訟ではないことを明示する意味で、あえて1円としているものではないでしょうか。名誉を汚されたことさえ認めてもらえれば、たとえ判決が1円であっても、それにはこだわらないという趣旨だと思います。 

■今回の紛争について
今回の訴訟は、会長の会見で「選手との信頼関係の薄さ」を挙げたことについての、バヒド・ハリルホジッチ氏の憤りが基礎にあります。電撃的解任といわれた今回の件で、それが法的な意味での名誉棄損かどうかが争点ではありますが、果たして、双方が必至で抗争を繰り返す意義があるのでしょうか。長い時間をかけて、双方の悪口を言い合うよりは、「少し言い過ぎた、申し訳ない」「わかってくれたら、それでよい」というように、冷静になって、互いに歩み寄ってはどうなんでしょうか、そんな気がします。

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