大阪プライム法律事務所

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生活保護と扶養義務

12.06.10 | ニュース六法

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先日、有名芸能人の親族による生活保護の受給が波紋を広げました。
5月25日に、お笑いコンビ「次長課長」の河本準一氏が、母親が最近まで生活保護を受給していたことを記者会見で認め、涙ながらに何度も頭を下げ、一部を返還する考えを明らかにしました。これは、一部週刊誌が、河本氏には母親の扶養義務があるのに、漫然と受給を続けさせたことを「不正受給」として批判キャンペーンをしたことが発端でした。
しかし、本当に「不正」な受給だったと言えるのでしょうか。

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また、河本会見の直後には、厚生労働省が、扶養可能な親族がいる場合は、家庭裁判所での調停を通じて民法の扶養義務を果たさせるよう自治体に呼びかけるなど、運用を厳格化することを決めました。これも、気になるところです。

河本会見
「母親は一人で僕と姉を育てた。面倒をみなければならないのに、自分がしっかりしていれば、嫌な思いをさせることもなかった。申し訳ない」。河本氏は記者会見で、そう語りました。会見によると、母親は14~15年前に病気で働けなくなり、生活保護を受けるようになったそうです。当時の河本氏は仕事が全くなかったために母親を援助する余裕はなかったといいます。その後に売れ出して収入も増えたので、生活費を支援するようになったが、そのことを福祉事務所に相談もしつつ、援助は一部にとどまり、4月に母親が保護打ち切りを申し出て生活保護支給は終わったとのことです。

本当に「不正受給」なのか
週刊誌やテレビのワイドショーなどでは、この問題を「不正受給」という表現で取り上げていましたが、本当にそうなのでしょうか。不正の意味をどう捉えるかによるとは思いますが、不正=違法という通常の考え方を前提にするならば、これを直ちに不正受給と断定するのには疑問があります。

不正と述べる最大の根拠に、生活保護法4条2項で、「民法に定める扶養義務者の扶養は保護に優先して行われるものとする」と規定していることがあるものと思われます。つまりは、息子などの扶養義務者がいて、売れ出してからもなお、母親が生活保護を受け続けたことが問題とされたと思います。

しかし、「扶養義務が保護に優先する」とは、扶養義務者がいて扶養が可能な場合は受給できないということではなくて、生活保護受給者が、実際に息子などからの援助が行われたら、それを収入として認定して、その金額の分だけ保護費を減額したり、または保護支給を廃止するという意味と解されます。

つまりは、扶養義務者の扶養自体は、生活保護開始の前提要件ではないのです。この点は、「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる」とする「補足性の原理」を定めた同法4条1項とは異なっています。自らの資産に余裕があって、それを活用すれば生活が維持できるのに、それを隠して生活保護を受けた場合は、不正受給の問題として議論されるにしても、今回のようなケースを不正受給と断定して報道することには問題があったと思います。

今回のケースで不正受給と言われても仕方が無い場合というのは、河本氏が仮に母親に多額の援助を行っていたにもかかわらず、母親がこれを申告せずに受給を続けていた場合でしょう。報道されている事実からはそういった事情はなさそうです。したがって、不正受給に基づく返還請求自体も難しいといえます。

保護開始と扶養義務との関係
今回の河本問題では、母親が保護を申請した時点では、息子に余裕がなかったことから、開始時点にこういった問題は生じていません。仮に、一般論として、息子や娘に十分な余裕がある場合において、母親が、息子らなどに援助を求めていない場合や、息子らに援助を求めたが断られた場合は、生活保護が受けれるでしょうか。

結論から言えば、それだけを理由にして保護申請を却下することはできません。その時点で、本人に保護を要する状態が生じていたならば、保護を開始しなければなりません。保護を開始した後に、福祉事務所において、扶養を期待できる可能性に応じて、息子らなどの扶養義務者に受給者への援助の可否を照会すれば足ります。このことは、かつての旧生活保護法で、そういった扶養義務者がいる場合は、実際に援助がなされていようがいまいが生活保護の要件を欠けたものとされていたのが、1950年に制定された現在の生活保護法では、この条件条項は撤廃されていることから明確です。つまりは、申請者の生活が困窮しているかどうかで受給の可否が判断されます。

ちなみに、生活保護の申請者の親族に経済力があっても、その親族が扶養を断ることは可能で、行政としては、これらの者に扶養義務を強制することができません。

現場では、生活保護申請があると、福祉事務所は、扶養の義務を負った親族に対し書面などで扶養する意思があるかを確かめます。収入や資産も尋ね、受給が始まった後も確認事務を行います。ただ、回答はあくまで任意であり、断っても当人が罰せられたり、生活保護の申請自体が不利になることはありません。仮に回答内容が事実とは違っていても、見抜くのは困難であり、強制調査権限もないので、それ以上の調査は困難です。親族がどの程度援助の手を差し伸べるべきか、明確な決まりはないのが実態です。

そういった意味では、今回の河本事例では、明確な違法行為があったというわけではありません。しかし、国会では政府の消費増税法案や財政抑制策が協議されるなか、この問題が国民の神経を逆なですることとなり、厳しい視線にさらされたと言えるでしょう。

運用の厳格化をどう考えるべきか
河本騒動を利用したかのように、厚生労働省が、扶養可能な親族がいる場合は、家庭裁判所での調停を通じて民法の扶養義務を果たさせるよう自治体に呼びかけるなど、運用を厳格化することを決めました。こういった親族がいる者に安易に生活保護を出すべきではないという意見も出てきています。しかし、こういった意見には、大きな危惧を感じます。

一番の心配は、本当に生活保護が必要な者が、運用の厳格化で、申請を断念して、結果的に餓死など最悪の結果を招くことです。誰もが、自分が困っている状況を親族に伝えられることは嫌な事だと思います。縁の薄くなっている身内に連絡され、援助を要請されるくらいならば、「生活保護の申請をやめよう」、「そういう恥を受ける位ならば死んだ方がましだ」と思い留まってしまう人が多いのではないかと心配します。

「水際作戦」への悪用が心配
また、これが「水際作戦」問題をさらに深刻化させかねないか心配です。これは、保護申請窓口である福祉事務所において、保護申請書の受け取りを窓口で拒否することを言います。申請に来たものの、相談だけで帰してしまうのが典型です。

1987年に札幌市で、申請に来た母子家庭の母親を相談だけで追い返して、餓死させる事件が発生してから社会問題化しました。2007年7月には、北九州市で、就職したと市職員に虚偽報告を強いられた結果、生活保護を打ち切られた男性が、「おにぎり食べたい」と書き残して孤独死した事案も生じました。「もう来ないと一筆書け」と言われたり、交通費を渡されて他の自治体に行くよう指示されるケースがあったり、病気で働けなくなった30代男性の生活保護申請者の申請取下げ書を偽造していた事件が発覚したこともありました。これら以外にも、相談者に「働けるはず」「まだ若い」、「扶養義務者がいる」、「ホームレスは申請できない」、「水商売で働け」などを理由に窓口で申請自体を断念させているという事例が報告されています。この中の「扶養義務者の存在」を理由とする窓口拒否が、さらに今回の問題で拡大するのではないでしょうか。これによって、本当に必要とする方が餓死するという最悪の結果を招かないようにしなければなりません。

参考知識~親族の扶養義務について
扶養義務には次の2種類があるとされています。
①生活保持義務
これは、夫婦間の協力・扶助義務や、未成熟子を親が監護・教育する扶養義務です。夫婦・親子においては、自分と同等の生活を保障するものです。パンが一つしかなければ、夫婦や親と未成熟子との間では、いかに自分がひもじくても互いに分け合う義務があります。
②生活扶助義務
上記とは異なって、一般の親族間の扶養で、例えば、老いた親の扶養や兄弟姉妹間の扶養の場合は、自分の生計を維持した上で、余裕のある範囲で援助するものです。つまりは、パンが2つあった場合に、1個半までは自分の生活の維持に必要ならば、残りの半分を回して扶養するという程度の義務です。もし、パンが1つしかなくて、それだけでは自分の生活の維持にも満たない場合は、他に援助する義務までは生じません。

民法の規定
(親族間の扶け合い)
 第730条 直系血族及び同居のw:親族は、互いに扶け合わなければならない。
(同居、協力及び扶助の義務)
第752条 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
(扶養義務者)
第877条 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2.家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3.前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。

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