大阪プライム法律事務所

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大衆薬のネット販売は是か非か

12.06.16 | 企業の法制度

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東京高等裁判所は、2012年4月26日に、ケンコーコムとウェルネットが起こした一般用医薬品のネット販売規制に関する行政訴訟で、一般用医薬品のインターネット販売を認める判決を下しました。敗訴した厚生労働省は、最高裁に上告していますが、今後、どのようになるのでしょうか。

最高裁の判断が注目されるところですが、皆さまならば、薬のネット販売を可としますか非としますか?

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これまでの経過
2009年6月1日から改正薬事法が施行されました。この改正で、コンビニエンスストアなどでも「登録販売者」を配置すれば風邪薬などの一般用医薬品(大衆薬)の販売ができるようになりました。その結果、コンビニやスーパーでも大衆薬を購入できるようになり、消費者にとっては便利になりました。

しかしその一方で、ネット販売を含む通信販売ではビタミン剤などリスクの低い医薬品しか販売ができなくなりました。

一般用医薬品(大衆薬)の区分と扱い
改正薬事法では、一般用医薬品を、リスクの高い順に、「第1類」「第2類」「第3類」に分類しました。
第1類医薬品(特にリスクが高い医薬品)とは、一般用医薬品としての使用経験が少ない等、安全性上特に注意を要する成分を含むもので、例えば、H2ブロッカー含有薬や一部の毛髪用薬等です。
第2類医薬品(リスクが比較的高い医薬品)とは、まれに入院相当以上の健康被害が生じる可能性がある成分を含むもので、例えば、主なかぜ薬や解熱鎮痛薬などです。
第3類医薬品(リスクが比較的低い医薬品)とは、日常生活に支障を及ぼす程度ではないが、身体の変調・不調が起こるおそれがある成分を含むもので、例えば、ビタミンB・C含有保健薬、主な整腸薬、消化薬等です。 

これらの種別は医薬品の外箱に表示されています。また、店舗での陳列方法が分類ごとに区別されています。その上で、それぞれに販売方法が定められました。

最もリスクの高い「第1類」では、薬剤師が書面を用いて情報を提供した上で販売することとされ、一方、「第2類」「第3類」の医薬品については、新制度として設けられた「登録販売者」を配置すれば、薬局以外でも販売も認められるようになったのです。第2類についての情報提供は努力義務となりました。

ネット販売を含む通信販売は規制
ところが、こうした販売方法の緩和に関わらず、厚生労働省の定めた省令で、ネット販売を含む通信販売は規制されることとなったのです。つまり、国会で定めた改正法の施行と同時に施行された厚労省省令「薬事法施行規則等の一部を改正する省令」で、ビタミン剤などリスクの低い第3類を除き、第1類と風邪薬など第2類のネット通販を禁止したのです。ネット販売は安全面において対面販売に劣る、というのが理由でした。つまりは、通信販売については、最もリスクの低い「第3類」医薬品のみ販売を認めるとしたのでした。

この新たな規制には反対の声もあり、厚労省では、「薬局・店舗のない離島居住者」と「改正法施行前に通信販売で購入した医薬品の継続購入者」については、2年間(2011年5月31日まで)は、経過措置として第2類医薬品の通信販売を認めることとしました。

訴訟へ
この省令による規制に対して、ケンコーコムとウェルネットが、医薬品の店舗販売業の許可を受けた者とみなされる既存一般販売業者として、
①「薬局開設者又は店舗販売業者による第1類・第2類医薬品の販売及び情報提供は有資格者の対面により行う旨の規定」並びに「隔地者に対する郵便その他の方法による医薬品の販売を行う場合は上記各類の医薬品の販売を行わない」旨の薬事法施行規則の新設規定にかかわらず、第1類・第2類医薬品につき、店舗以外の場所にいる者に対する郵便その他の方法による販売をすることができる権利(地位)を有することの確認、
②これら厚労省省令改正規定が無効であることの確認、
③予備的にこれら改正規定を取り消すこと、
を求めて提訴しました。

第一審の東京地方裁判所判決(2010年3月30日)では、これら改正省令は薬事法による委任の範囲を超えるものではなく、憲法22条1項に違反せず、適法かつ有効であるとして、その訴えを棄却、却下しました。この敗訴判決を受けて、原告会社らは東京高裁に控訴しました。

今回の東京高裁判決
高裁判決では、控訴人が第1類、第2類も含めた一般用医薬品のインターネット販売を行う権利を認めました。(ただし省令の無効確認については認めず。)

この裁判の争点と地裁と高裁の判断の相違点
今回の訴訟の争点は、厚生労働省令による「医薬品ネット販売の一律禁止」という規制が、薬事法が委任した範囲内か、それとも委任の範囲を逸脱しているのかが争点になっていました。

東京地裁は、薬事法の趣旨や法改正の経緯などからして、省令は、医薬品の安全性の確保という法の趣旨からして、「薬事法が具体的に委任している範囲内の内容である」として、医薬品のネット販売を規制する省令は適法・有効であると判断しました。

東京高裁は、やはり薬事法の文言や趣旨、目的、立法経緯などを検討した上で、「薬事法は省令で医薬品ネット販売を一律に禁止するという強度な規制をすることまで認めていないため、厚生労働省令は薬事法の委任の範囲を逸脱し、違法・無効である」と判断しました。医薬品のネット販売を一律に禁止する規制は、販売業者に対する規制としては非常に強いものであるため、国民の権利や利益を制限する事項については、省令ではなく法律で規定すべきだ、という点が判断の大きなポイントであったといえます。最高裁でも、この点が大きな争点になるかと思われます。

具体的な主張の違い
(1)「対面販売」の必要性
国側が強く主張したのは、「対面販売の安全性」です。対面販売ならば使用上の注意などを口頭でも情報提供できるし、購入者の顔を見て販売することで現在の症状等も確認できるので、対面せずに販売するネット販売より安全である、というのがその骨子です。
これに対しての原告側の反論は、ネット販売でも医薬品の添付文書と同等の説明がなされるほか、ネット販売に起因する副作用は発生していないため、その安全性が否定されるものではないなどと主張しました。

(2)副作用の発生と「全面禁止の必要性」
従来のネット販売では情報提供の不十分さにより副作用事故が多発していたのかどうか、ネット販売ではこの点の十分な情報提供ができないのか否か、これらを全体的にみて、果たして全面禁止する必要性があるのかという点です。

1審ではこの点はさほど焦点ではなかったようですが、控訴審では、ネット販売VS対面販売という観点での安全性や正当性の是非ではなく、省令の施行前後で薬害や医薬品販売時の情報伝達状況がどう変わったかを比較すべきと裁判所から促されて、訴訟の争点はそこに移っていったようです。

内閣府行政刷新会議
この裁判の動きと並行して、内閣府行政刷新会議における規制仕分けで、2011年3月に、「一般用医薬品のインターネット等販売規制」を議題に扱いました。そこでは、「安全性を確保する具体的な要件の設定を前提に、第三類医薬品以外についても薬局や薬店が郵便等で販売できる可能性を検討する」という方向性が打ち出されました。その際に、結論が出る間は、離島在住者や継続購入者に対する経過措置を延長し、不断の見直しを行うという結論が出されました。ただ、それ以上の大きな動きは起こっていません。(離島在住者や継続購入者へのネットでの販売可能延長措置は2013年5月末まで。)
このままでは離島在住者や継続購入者に混乱が生じそうですし、東日本大震災以降、被災地では店頭購入が困難な地域もあり、気になるところです。

どう考えるべきなのか
大衆薬であっても毎年200件程度の副作用報告があるとのことです。こういったことを考えれば、単に利便性だけを求めて、安易にネット販売を全面解禁することは問題が無いとは言い切れないように思います。しかし、一方で、対面販売でもちゃんとした説明をせずに販売しているケースが多くあるということですので、対面のみOKなのか、ネット販売もOKかという単純な線引きによる規制は、それだけでは無意味なものになっているともいえます。

ネット販売でも、メールやテレビ電話で薬剤師と対話するシステムの導入や、「初回は対面、2回目から通販可能」とするなど、自主的に安全性向上に努めている業者もいます。「ネットなどを通じた購入者の選択を前提とする幅広い情報提供の方法」を検討し義務づけるなどの対策を取る必要があるように思います。単に「ネットか対面か」という販売形式の論争をするのではなくて、安全情報を正しく確実に届けられる仕組みづくりが、より大事でしょう。

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