大阪プライム法律事務所

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ヘイトスピーチ規制とは

13.01.12 | 企業の法制度

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 「ヘイトスピーチ」(hate speech)という言葉をご存知でしょうか。これは「憎悪と敵意に満ちた言論」を意味し、人種、民族、国籍、宗教・思想、性別、性的指向、障害、職業、社会的地位・経済状態、外見などを理由に、それの異なる集団や個人を貶(おとし)め、暴力や差別的行為を煽動したりすることを言います。
このヘイトスピーチの問題は世界各地で起きており、国際的にも重大な問題として認識されてきています。日本でもヘイトスピーチは深刻さを増してきていますが、そういった発言を、規制・禁止する法律の制定が議論されています。ただ、課題も多くあります。その課題とは「言論の自由」、そのものなのです。

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ヘイト・クライム(Hate crime、憎悪犯罪)
「ヘイトスピーチ」との関連で「ヘイト・クライム」という言葉もあります。
これは、人種、民族、宗教、性的指向などに係る特定の属性を有する集団に対しての偏見が元で引き起こされる口頭あるいは肉体的な暴力行為としての犯罪を指します。

日本では、被差別部落、アイヌ民族、在日コリアン、移住者、琉球・沖縄の人びとなど、マイノリティ集団に対する憎悪発言(ヘイトスピーチ)や差別的行動が多発していますが、そのようなヘイト・クライムを規制、禁止、あるいは処罰する法律は存在していません。

ヘイトスピーチに関する最近の動き
関東弁護士会連合会は、昨年の9月21日に開いた人権シンポジウム「外国人の人権‐外国人の直面する困難の解決をめざして」のなかで、この「ヘイトスピーチ」を取り上げました。また、近畿弁護士会連合会人権擁護委員会も、昨年の夏期研修会で、この問題を取り上げていました。

ここで特に取り上げられたのは、2009年12月に起こった、京都の朝鮮学校に対して「在日特権を許さない市民の会」と名乗る団体のメンバーらが襲撃し、レイシズム(人種差別、民族差別)をむき出しにした過激な侮蔑的言動を、大音響のスピーカーで行った活動でした。この団体や、そこに所属するメンバーによる同様の活動は、多数ありました。また、インターネットでのヘイト・クライムは、目を覆うばかりです。

世界の動き~人種差別撤廃条約(「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」)
この条約第4条では、「あらゆる形態の憎悪や人種差別を正当化もしくは奨励する」ことも含めあらゆる差別の唱道を禁止しています。これは人種差別的なヘイトスピーチを含むとされています。

ただし、アメリカ合衆国は、「言論の自由を妨げない範囲」という留保を設け、ヘイトスピーチの法的禁止を拒んでいます。日本政府も、この条約を批准していますが、この第4条の適用を留保しました。その理由は、人種差別表現は憲法上の表現の自由の保護の範囲内にある、というものでした。

国連人種差別撤廃委員会の勧告を拒否
国連人種差別撤廃委員会は、2001年に、日本政府に同条約第4条の留保を撤回し、包括的な人種差別禁止法を制定するように勧告しています。その9年後の2010年年にも、同委員会は、再び日本政府に対して留保撤回と人種差別禁止法の制定を勧告しています。

ところが、日本政府はこれらの勧告を拒否しています。
外務省のホームページに、その拒否理由が公開されています。以下の通りです。

「人種差別撤廃委員会の一般的勧告7及同15については我が方も十分承知しているところであるが、第4条の定める概念は、様々な場面における様々な態様の行為を含む非常に広いものが含まれる可能性があり、それらのすべてにつき現行法制を越える刑罰法規をもって規制することは、その制約の必要性、合理性が厳しく要求される表現の自由や、処罰範囲の具体性、明確性が要請される罪刑法定主義といった憲法の規定する保障と抵触する恐れがあると考えたことから、我が国としては、第4条(a)及び(b)について留保を付することとしたものである。また、右留保を撤回し、人種差別思想の流布等に対し、正当な言論までも不当に萎縮させる危険を冒してまで処罰立法措置をとることを検討しなければならないほど、現在の日本が人種差別思想の流布や人種差別の扇動が行われている状況にあるとは考えていない。」

ここで、拒否理由とされているのは2点です。
「表現の自由」と「罪刑法定原則」に抵触するということのようです。つまり、ヘイト・クライム禁止法は概念が不明確なため、処罰範囲を明確に規定できないということです。

どちらが正しいと考えるべきでしょうか
確かに「表現の自由」と「罪刑法定原則」は、自由権という基本的人権を守るための最大原則です。しかし、人種差別撤廃委員は、日本政府に対して「人種差別表現の自由というものを認めるべきではない」、「表現の自由を守るためにこそヘイト・クライムを規制するべきだ」と指摘しています。

現在、刑法には「名誉毀損罪」というものがあります。個別の人物に対する名誉棄損はこれで処罰するわけで、そういった発言を「言論の自由」とは言いません。これと同じように、人種等に対する名誉毀損罪を認めることは決して難しいことではないように思います。
実際に、この条約第4条を受けて、世界の多くの諸国では、ヘイト・クライムを処罰する規定を整備しています。

ドイツでは、憲法で、自分の意見を発する自由を保障する一方、治安を妨害するような言論の濫用を厳しく規制しています。また、ナチスによるホロコーストの経験をもつことから、民族集団に対する憎悪を煽動するような行為を刑法で特に禁止しています。イギリスでは、公共秩序法 (Public Order Act 1986) で、人種的嫌悪を煽動したものは懲役規定があります。カナダでは、皮膚色や人種、宗教、民族的出自、性的嗜好によって区別される集団に対する嫌悪を煽動した者に対する懲役刑規定があります。
このほかにも、 ヨーロッパの各国では、ヘイトスピーチを禁止する法律が存在しています。

日本でも、インターネットなどでも、排外主義にもとづくヘイト・クライムには目を覆うばかりの状況ですが、ヘイト・クライムを取り締まる法律がありません。ヘイト・クライム規制は、憲法の「言論の自由」との関係で、どこまでが表現の自由で、どこからが脅迫なのか、判断は非常に難しいのは事実です。しかし、だからといって、ヘイト・クライムを自由に放置させて良いとは言えないと思います。

刃物より怖い
ヘイトスピーチは、刃物よりも鋭く人々を傷つけています。こういった被害感情や苦悩は、はかなり長期に及ぶものと思われます。さらに、被害者と同じ集団に属する者には同様の被害感情が共有されることになります。こういった差別が犯罪性を持つことは明らかです。言論の自由の侵害の危険性などを十分に念頭に置きながら、制度の必要性はもちろん、法律案の合憲性、内容や運用方法などを議論すべき時期に来ているように思いますが、いかがでしょうか。

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