大阪プライム法律事務所

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終末期に対する「事前指示書」とは

13.11.14 | 企業の法制度

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最近、「事前指示書」など、自分の終末医療に関して自己の意思を残しておくことへの関心が高まってきました。この「事前指示書」とは、自分で意思を決定・表明できない状態になったときに自分に対して行われる医療行為について、あらかじめ要望を明記しておく文書です。

この普及は、本人の自己決定権を維持しながら「尊厳」を守るという点で、また、家族などの苦悩を和らげるという点からも普及が望まれるところですが、ことはそう簡単ではありません。

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終末期をどう迎えるか
終末期になって、回復の見込みが無いのに、いたずらに苦しい延命治療が続くのは避けたいと考える人は多くいるかと思います。本来、人間は尊厳を保ったまま死にゆくことができるはずです。それにも関わらず、高度医療のもとで延命技術が大きく進歩したため、ただ「生かされている」だけの状態となることが多くなってきました。これでは、本人も苦しいだけでなく、家族に大きな苦労をかける場合もあります。 

そのような場合に、患者の命を終わらせる目的で一定の積極的な行為(例えば薬物を打つなどの行為)をすることは「積極的安楽死」といい、これは日本においては原則的に許されません。(昭和37年の名古屋高裁の判例によって、死期が切迫していること、耐え難い肉体的苦痛が存在すること、苦痛の除去・緩和が目的であること、患者が意思表示していること、医師が行うこと、倫理的妥当な方法で行われることという、厳しい6つの要件を満たさない場合は違法行為となり、殺人罪に問われます。) 

他方、患者の命を終わらせる目的で「何かをしないこと」が消極的安楽死と言います。特に人間が人間としての尊厳を保って死に臨むことを「尊厳死」といい、「消極的安楽死」のうち、特に末期患者の延命装置を施さずに、自然のまま死なせる行為が典型的な例です。この尊厳死を希望する方のために、「事前指示書」が有力な手段と言われるようになってきました。 

読売新聞社が面接全国世論調査
終末期と在宅医療に関して、この秋に読売新聞社が行った面接全国世論調査を、先月に公表しています。その内容を見ると、人生の終幕はできるだけ穏やかに迎えたいと願う意識が浮き彫りにされるとともに、延命医療は拒否したいが、その意思を明確にする「リビング・ウィル」や「事前指示書」は、いまだあまり普及していないようです。 

(2013年10月19日 読売新聞記事からの抜粋)
①読売新聞社の全国世論調査(9月28~29日実施、面接方式)で、終末期に延命のための医療を受けたいと思うかどうかを聞いたところ、「そうは思わない」と答えた人が81%に達した。
②終末期の延命医療について、医師と患者・家族との間で十分な話し合いが行われていると思う人は35%、「そうは思わない」が50%。終末期に受けたくない医療などについて「家族と話をしたことがある」は31%、「ない」が68%。
③終末期医療に関しては、自分で判断できなくなる場合に備え、あらかじめその意思を文書で残す「リビング・ウィル」や「事前指示書」を「知っている」は21%で、「知らない」は62%、「言葉を聞いたことはあるが内容は知らない」は17%。
④「リビング・ウィル」や「事前指示書」を作りたいと思う人は44%、「そうは思わない」43%、「すでに作っている」は、わずかに1%。 

事前指示書(Advanced Directives)とは
事前指示書とは、前述の通り、自分で意思を決定・表明できない状態になったときに自分に対して行われる医療行為について、あらかじめ要望を明記しておく文書ですが、以下の2つがあるとされていて、同じ紙で両方を書いておくこともあります。

①リビング・ウィル(Living-Will)
一般的には、自然な死を求めるために自発的意思で明示した「生前発効の遺言書」と言われています。主な内容としては、「不治かつ末期になった場合には無意味な延命措置を拒否する」、「苦痛を和らげる措置は最大限に実施してほしい」、「数カ月以上にわたって植物状態に陥った場合は生命維持措置を外してほしい」などといったことを事前に明記しておくものです。
医療判断代理人の指名(医療判断代理委任状)(Health Care Power of Attorney )
これは、本人が、医療に関連する判断決定者として、代理人を指名するための文書です。本人が医療に関する意思決定能力がなくなった場合にも、指名をされた者が本人に代わって医療に関する最終判断を行うことを任せるものです。 

終末期の状態になった時点で、その後の治療の方向性は、本来は本人の意思を尊重することになります。しかし、仮に終末期医療を自分で選択したいと思っていても、ほとんどの場合は、その時点では意思能力を失っています。そのような場合は、周りが本人の意思を推測しながら判断することになりますが、本人の事前指示があれば尊重されることになります。 

米国の「患者の自己決定権法」(The Patient Self-Determination Act)
「事前指示書」の考え方は、米国での法律が大きな影響を与えています。米国では、医療機関などの医療ケアを提供する機関に対して、文書で患者が望む医療に関する基本方針と実施方法とを確認し、維持される支援を法的に義務付けています(1991年施行「患者の自己決定権法」)。この法律は、医療ケアを提供している病院、介護施設、在宅医療機関、ホスピス組織等に対して、患者に基本方針と実施方法とを確立し、維持するための文書を提供するように命じています。 

日本では法的根拠がない
米国では上記の通り法律でルール化していますが、現在の日本には、事前指示書に関して一定のルールを定めた法律はありません。つまり、仮にこれを作っていたとしても、それを有効に機能させる法律がないのです。このために、担当の医師は、これに忠実に従う義務は本来なく、逆に、本人の書いた文面通りの医療行動をすれば全ての責任が免除されるということにもなりません。 

何が問題を難しくしているか
「事前指示書」に法的な有効性を認めることが困難なのは、いくつかの理由があります。

まず、将来の自分がどのような状況になるのかを考えて書かなければなりませんが、実はこれを具体的に想定するのは極めて困難なため、細かな指示は極めて難しいことになります。 

また、現実に回復困難な状態に陥ったとしても、その本人になお治療を継続することが、「本当に無駄な延命治療」と断定することは極めて困難さを持つからです。現在の日本において人工呼吸器を取り外す行為については、一般に「個別具体的な事実関係に基づき判断すべきもの」とされており、ケースによっては、事後的に殺人罪に問われる可能性が十分にあります。誰が具体的にどのような判断をすべきかの要件が明確となっていない現状で、医師において殺人罪に問われる可能性を背負わせたままで「事前指示書」に従わせることは難しいと言えます。 

このことから、患者が事前に残した「事前指示書」と、この患者にはなお治療が必要であるか少なくとも有益であると判断した医師との間で意見対立が生じ得ます。この場合、医師の倫理としては「治療する義務」があると感じることになります。この対立はなかなか厳しいものと言えます。 

また、仮に、医師もこれ以上の治療継続が意味を有しないと考えたとして、本人が「事前指示書」を残していたとしても、なお「本人がどう言っていたとしても、いま死なないで欲しい」という家族の心情が起こりえます。家族間でも意見の対立が生じることもあります。周りの親族の意見も加わってきます。年金などの生活資金が残される者の生活に関わるような場合は、本人の意思にかかわらず、延命治療を望む場合も出てきかねません。そのような場合に、医師に「事前指示書」に従う義務を課すことは現実的ではありません。 

さらに「事前指示書」を書いた時点では治療困難な病気であったとしても、その後の医療技術の進歩で、新たな治療法が確立されていた場合などはそうするのかという問題もあります。 

そもそも日本には「患者の権利」そのものを定めた法律さえありません。そのような状態の中で、「終末期における権利」だけを規定するのは適切であるとも言えません。判断者が判断できない中で他者に委ねた場合に、およそ患者としての人権に配慮されない事態になる可能性があるからです。 

このようなことを考えると、「事前指示書」を法的に有効性を持たせるには、どのような内容や方式にするのかについて一定のルール化が必要ですが、まだまだ十分に議論が尽くし切れているとは言えません。そもそもすべての具体的終末状態に当てはまるようなものが可能かは疑問があります。また、作成にあたって、本人がどこまで自分の医学的現状を理解して作成したのかという意思の真実性担保ができるのかも、多くの困難さがあります。法制化のためには、これらを念頭にさらなる議論が必要と言えます。 

書面を残す価値はあるか
このように、法的な意味では多くの課題があり、「事前指示書」を残しても必ずしも有効に扱われることにはなりません。しかし、だからと言って、「事前指示書」が何の役にも立たないのかというと、それも違うと言えます。本人の意思表明ができない状態になった場合に、本人ならばどのような判断をするだろうかという推測を家族や医療機関が判断する際の極めて重要な材料となるからです。 

エンディング・ノートについて
これは、万が一の時に備えて、家族への伝言、介護・治療法の希望、葬儀・埋葬方法、財産情報、自分史など、いろいろなことにについて、元気なうちに書き留めておくものです。残された家族が困惑しないためにも大変良い方法だと思います。様式は何も決まりが無く、頒布されているものでは、無料のものから1000~1500円程度で売られているものもあります。 

エンディング・ノートで気を付けないとならないのは、遺言書の形式を踏んでないものが大半ですから、遺言書としての法的効力はないので、くれぐれもご注意ください。

 

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