大阪プライム法律事務所

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父子関係とDNAを巡る最高裁判決

14.08.16 | 企業の法制度

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最高裁は今年の7月17日に、DNA鑑定という科学的な根拠があっても、法律上の父子関係を否定することはできないとの初めての判断を示しました。これは、婚姻期間中に妻が生んだ子と、夫との間のDNA鑑定で、夫と子との間に血縁関係がないことが明らかになった事案の3件の訴訟において、最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)で言い渡したものです。

このうち大阪高裁と札幌高裁で争われた2件は、いずれも母が子の親権者(法定代理人)として(元)夫を相手に起こしたものであり、高松高裁で争われた1件は父が子を相手に起こしたものでした。DNA鑑定という最新の科学と「子の福祉」という狭間で、この問題をどのように考えていくべきなのでしょうか。

 

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■判決の概要
大阪高裁と札幌高裁で争われた2事案は非常によく似ています。簡単に説明すると、DNA鑑定をもとに妻が子を代理して、夫に対して「この子はあなたの子ではない」と訴訟を起こしたところ、夫は「法律上は私の子だ」と争ったものでした。 

大阪高裁と札幌高裁の2事案での最高裁判決は、不倫で子を妊娠した当時に、その母と夫と間には、普通の夫婦の実態があったと認定しながら、夫であり戸籍上の父である者と子に生物学上の親子関係がないことがDNA鑑定で明らかになり、夫婦が離婚して、母と生物学上の父のもとで子が育てられているとしても、父子関係の存否を争うことはできないとしました。いくら血縁関係がなくても一度決まっていた父子関係が変わってしまっては子どもの身分の安定上よくないというのが主な理由でした。

この判決は5人の裁判官のうち3名の多数決での結論でしたが、金築誠志裁判官と白木勇裁判官が反対意見を述べています。

他方、高松高裁で争われた事案は、夫がDNA型鑑定の結果を根拠に、子に対して、親子関係不存在確認を求めて提訴したものでした。1審、2審は「子の利益のため、確定した父子関係をDNA鑑定で覆すことは許されない」としました。最高裁は、この原審の判断を認めたものです。

ここでの最大の争点は、婚姻中に生まれた子は、その夫婦間で生まれたと推定する民法の嫡出推定を、DNA鑑定で覆すことが可能かという点でした。子の福祉を考えた場合、この判断は正しかったのでしょうか。

嫡出の推定とは
嫡出の推定とは、民法772条によるもので、「妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定する」としたものです。この推定は、婚姻中にできた子は、普通は夫の子であろうという趣旨に基づいています。したがって、婚姻中又は離婚後300日以内に生まれた子どもは、婚姻中の夫婦間にできた子(嫡出子)と推定され、仮に他の男性との間に生まれた子どもであっても出生届を提出すると、夫婦の子どもとして戸籍に入籍となります。 

嫡出否認の訴えとは
これを覆し、夫との間の子どもであることを否定するためには、原則として「嫡出否認の訴え」という制度によることになります。その訴えを起こせるのは夫だけで、提訴期間も「子の出生を知った時から1年以内」に限定されています。(この「1年」を過ぎた後でも夫婦の合意があれば、家裁の判断で父子関係の取り消しが認められることが多くあります。) 

親子関係不存在確認とは
嫡出推定と言っても、あくまでも推定でしかないので、推定の根拠となった関係が夫婦間になかったような場合は、「親子関係不存在確認の訴え」で父子関係を争うことができます。つまり、婚姻中又は離婚後300日以内に生まれた子どもであっても、夫が長期の海外出張、受刑、別居等で子の母と性的交渉がなかった場合など、妻が夫の子どもを妊娠する可能性がないことが客観的に明白である場合には、夫の子であるとの推定を受けないことになるので、そのような場合には、親子関係不存在確認の訴えをすることができます。
 

嫡出否認との違いが分かりにくいかとい思いますが、嫡出否認は、「生まれてから1年以内」に、「夫からのみ」訴えることが出来る点が最も大きな違いです。このため、実の父親が分かりきっていても、妻側からは嫡出否認ができません。また、夫からも、他人の子と知りながら自分の子として何年も育ててから、その後に嫡出否認をするというも許されません。

現代の科学において、DNA鑑定の技術が進み、親子関係が明確に分かるようになったことから、嫡出否認の厳しい要件に基づかなければ親子関係が否認できないのか、また、親婚関係不存在確認ならば可能なのかというのが、今回、問題となったわけです。

■今回の最高裁の3判決の事案内容
(1)平成25(受)233号 親子関係不存在確認請求事件
平成26年7月17日最高裁判所第一小法廷判決(破棄自判)原審大阪高等裁判所事案

本件は、戸籍上の父B(上告人)の嫡出子とされている被上告人(こどもX)がBに対して提起した親子関係不存在の確認の訴えで、事実関係の概要は、次のとおりでした。Bは「自分の子供として愛情をもって養育してきた」などと主張しました。
①BとA女は、平成16年に婚姻の届出をしました。Bは、平成19年から単身赴任をしていましたが、単身赴任中も甲の居住する自宅に月に2、3回程度帰っていました。
②A女は、平成19年にC男と知り合い、C男と親密に交際するようになりました。しかし、A女は、その頃もBと共に旅行をするなどしていて、BとA女の夫婦の実態が失われることはありませんでした。
③Bは、平成20年に、A女から妊娠している旨の報告を受け、A女は、平成21年にXを出産しました。出産後、BはXのために保育園の行事に参加するなどして、Xを監護養育していました。
④Bは平成23年に、A女とC男の交際を知りました。A女は、その頃、Xを連れて自宅を出てBと別居し、その後は、Xと共にC男及びその前妻との間の子2人と同居していて、Xは、C男を「お父さん」と呼んで順調に成長しています。
⑤X側で平成23年に私的にDNA検査をしたところ、C男がXの生物学上の父である確率は99.99%であるとされました。
⑥A女は、平成23年12月、Xの法定代理人として、Bに対して本件訴え(親子関係不存在確認訴訟)を提起しました。その後、A女は、Bに対し、平成24年4月頃に離婚調停を申し立てたが、同年5月に不成立となり、同年6月に離婚訴訟を提起しました。
⑦親子関係不存在の訴訟の第1審と、第2審は、いずれもA女の主張を認めて、親子関係は存在しないと判断しました。

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(2)平成24(受)1402号 親子関係不存在確認請求事件
平成26年7月17日最高裁判所第一小法廷判決(破棄自判)原審札幌高等裁判所事案

本件は、戸籍上の父B(上告人)の嫡出子とされている被上告人(こどもX)がBに対して提起した親子関係不存在の確認の訴えで、事実関係の概要は、次のとおりでした。Bは「自分の子供として愛情をもって養育してきた」などと主張しました。
①BとA女は、平成11年に婚姻の届出をしました。
②A女は、平成20年頃からC男と交際を始め、性的関係を持つようになりましたが、BとA女は同居を続け、夫婦の実態が失われることはありませんでした。
③A女は、平成21年、妊娠したことを知りましたが、その子がC男との間の子であると思っていたことから、妊娠したことをBに言いませんでした。このため、A女は、Bに黙って病院に行き、Xを出産しました。
④Bは入院中のA女を探し出し、BがA女に対してXが誰の子であるかを尋ねたところ、A女は、「2、3回しか会ったことのない男の人」などと答えました。Bは、XをBとA女の長女とする出生届を提出し、その後、Xを自らの子として監護養育しました。
⑤しかし、BとA女は、平成22年、Xの親権者をA女と定めて協議離婚をしました。その後、A女とXは、現在、C男と共に生活しています。
⑥A女は、平成23年6月、Xの法定代理人として、Bに対して本件訴え(親子関係不存在確認訴訟)を提起しました。
⑦X側でDNA検査をしたところ、C男がXの生物学上の父である確率は99.999998%であるとされました。
⑧親子関係不存在の訴訟の第1審と、第2審は、いずれもA女の主張を認めて、親子関係は存在しないと判断しました。

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(3)平成26(オ)226号 親子関係不存在確認請求事件
平成26年7月17日最高裁判所第一小法廷判決(棄却)原審高松高等裁判所

これは、元夫側から父子関係の取り消しを求めたもので、妻との婚姻中(現在は離婚)に生まれた5人の子どものうち2人についてDNA鑑定を行った結果、別の男性の子どもであるとの調査結果が出た事案でした。第1、2審ともに元夫側の主張を認めず、親子関係不存在確認請求を退けられ、最高裁でも、その判断が維持されました。 

■上記(1)(2)事案での最高裁判断について
【法廷意見(多数意見)】(要旨)
民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するためには、夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし、かつ、同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは、身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる。

そして、夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり、かつ、子が、現時点において夫の下で監護されておらず、妻及び生物学上の父の下で順調に成長しているという事情があっても、子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから、上記の事情が存在するからといって、同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず、親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。このように解すると、法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが、同条及び774条から778条までの規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。 

もっとも、民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について、妻がその子を懐胎すべき時期に、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には、上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから、同法774条以下の規定にかかわらず、親子関係不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である。

しかしながら、本件においては、甲が被上告人を懐胎した時期に上記のような事情があったとは認められず、他に本件訴えの適法性を肯定すべき事情も認められない。」 

■【金築誠志裁判官の反対意見】(要旨)
「私は、多数意見と異なり、本件において親子関係不存在確認請求を認めた原判決の結論は相当であり、これは維持すべきものと考える。」

「本件において、子はCと生物学上の父子関係を有し、Bとはその関係を有しないことが、証拠上科学的に確実であり、そのことが法廷の場で明らかにされている。しかし、Bから嫡出否認の訴えが提起されなかった結果、また、Bが父子関係の解消に同意しない状況で後述の合意に相当する審判も成立の見込みがないため、もし親子関係不存在確認の訴えが認められないとすれば、Bとの法律上の親子関係を解消することはできず、Cとの間で法律上の実親子関係を成立させることができない。血縁関係のある父が分かっており、その父と生活しているのに、法律上の父はBであるという状態が継続するのである。果たして、これは自然な状態であろうか、安定した関係といえるであろうか。」

「確かに親子は血縁だけの結び付きではないが、本件のように、血縁関係にあり同居している父とそうでない父とが現れている場面においては、通常、前者の父子関係の方が、より安定的、永続的といってよいであろう。子の養育監護という点からみても、本件のような状況にある場合、Bが子の養育監護に実質的に関与することは、事実上困難であろう。また将来、Bの相続問題が起きたとき、Bの他の相続人は、子がCではなくBの実子として相続人となることに、納得できるであろうか。」 

「民法が、嫡出推定を受ける子について、原告適格及び提訴期間を厳しく制限した嫡出否認の訴えによるべきこととしている理由は、家庭内の秘密や平穏を保護するとともに、速やかに父子関係を確定して子の保護を図ることにあると解されている。そうすると、夫婦関係が破綻し、子の出生の秘密が露わになっている場合は、前者の保護法益は失われていることになるし、これに加え、子の父を確保するという観点からも親子関係不存在確認の訴えを許容してよいと考えられる状況にもあるならば、嫡出否認制度による厳格な制約を及ぼす実質的な理由は存在しないことになるであろう。」

■解説
このように、今回の最高裁判決(多数意見)は、たとえDNA鑑定で血縁上の親子関係がないと判明したとしても、今回のような事案では、親子関係の不存在とは認めないというものでした。そこでポイントに置いたのは、「子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから、上記の事情が存在するからといって、同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず、親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解する」としたように、子どもの立場や境遇を法的に安定させることに重みを置いたものと言えます。親子としての血縁関係がないことが後から分かったり、夫婦関係が破綻したからという理由で、それまで築かれてきた親子関係が突然に覆されることは子どもにとって大きなマイナスになるので、血縁よりも嫡出推定というルールを優先したと言えます。これはこれで、ある意味で合理的な判断とも言えるかもしれません。 

しかし、大阪と札幌のいずれの事案においても、母親によると、子どもは血縁上の父親と一緒に暮らしていて、物心がついた時から血縁上の父を父親として育ってきたと訴えていました。このことを考えると、果たして多数意見が正しかったのだろうかと思わざるを得ません。 

この点を考えると、金築裁判官の反対意見がかなり説得力を持っているように思います。その反対意見で述べられたように、今回の親子関係不存在確認の訴えが認められないと、その子は戸籍上の父親との法律上の親子関係を解消することができず、血縁上の父との間で法律上の実親子関係を成立させることができません。血縁関係のある父が分かっており、その父と生活していることを考えると、これは自然な状態なの、安定した関係といえかは、大いに疑問です。実際にも、その子の養育監護面でも、戸籍上の父親が実質的に関与することは困難であろう状況を踏まえると余計にそう思えます。また、同裁判官の反対意見が指摘するように、親族が血縁上のつながりのない子供を相続人として本当に扱えるかについて現実的な問題があると思います。

大阪事案で母側の代理人をつとめた村岡泰行弁護士は、報道の中で、今回の判決について、「(裁判官5人中3人の)多数意見は形式論理だ。反対意見は嫡出推定という形式制度の奥にあることについて深く考察している。最高裁も相当悩んだだろう」と感想を述べ、DNA鑑定で別の男性との間の子どもであることが証明されても、父子関係を取り消せないことについて、「子どもを犠牲にして、夫の妻に対する復讐心を満足させているとか言いようがない。歪んだ感情で子どもの一生を支配する結果になってもいいのだろうか。制度は守られたとしても、結局は誰の利益にもならない」と懸念を表明した、と述べたとのことです。

この問題は、多くの制度的課題を持っています。父子関係についての民法規定の改正も念頭に置いた議論が必要なのかもしれません。

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