大阪プライム法律事務所

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予審判事とは?(アギーレ監督問題)

15.01.17 | 企業の法制度

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昨年、サッカー日本代表のアギーレ監督が、2011年まで指揮していたスペイン・アラゴン州に本拠地を置くサッカーチーム「サラゴサ」での監督時代に、同じスペインのチーム「レバンテ」との試合で生じた八百長疑惑で、スペインの検察当局から告発され、騒ぎになっています。

スペインメディアからの報道では、バレンシアの裁判所のイサベル・ロドリゲス氏が予審判事になり、本年1月14日に訴追を受理し、2月から事情聴取が始まるとの報道がなされています。大変な事態で、今後どうなるのか心配です。今回のイサベル氏という予審判事は女性のベテランということですが、この「予審判事」という言葉は、日本ではなじみがありません。どのような役割をするのでしょうか。

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■予審判事による捜査開始
【マドリード(スペイン)14日】日本代表のハビエル・アギーレ監督(56)が八百長に関与した疑いでスペイン検察当局に告発された問題で、疑惑の対象になった試合が行われたバレンシアの裁判所が告発を受理したと、同国の複数メディアが報じた。2月以降に手続きが始まる予定で、出頭を要請される可能性もある。今月末に終わるアジア杯への影響はなさそうだが、起訴を含めた今後の展開次第では進退問題が再燃する恐れがある。・・・現地メディアによれば、捜査は2月に始まるという。予審判事の捜査は家宅捜索、証拠書類の押収、逮捕による身柄拘束まで大きな権限を持ち、海外にいても予審法廷などへの出頭を命令できる。予審判事を務めるのは女性のイサベル・ロドリゲスさん。地下鉄事故、非政府組織の汚職裁判などを担当した20年以上の経験を持つベテランだ。【2015年1月15日 スポーツ報知】 

■予審判事とは
予審を行う判事のことをいいます。「予審」とは、検察官が請求した事件について、裁判官が公判前にこれを審理する手続で、いわゆる「大陸法系」(西ヨーロッパで発展し、ヨーロッパ大陸諸国で広く採用されるに至った法体系)の制度です。 

この「予審」制度は、原則として捜査権限を予審判事だけに認めていて、公判を開く必要のない事件はその予審判事限りで打ち切るものとなっています。

日本のように捜査と公訴提起(起訴)を検察官などの国家公務員が行うのではなく、私人が行う「私人訴追」を原則としていたイギリスで、それによる濫訴を防ぐために採用されたのが起源とされています。 

■「罪と罰」にも登場する予審判事
ロシアのドストエフスキーが書いた名作「罪と罰」には、ポルフィーリィという予審判事が登場します。この小説は、貧しい主人公ラスコーリニコフが、自らの犯罪哲学をもとに、強欲な老婆を殺し強奪した金で世のための善行をしようとした際に罪のない妹まで殺害したことの罪の意識で苦悩しますが、この老婆殺し事件を捜査する予審判事であるポルフィーリィが、主人公に対して心理戦・頭脳戦を繰り広げて追い詰めていく姿が描かれています。 

■「予審」と「予備審問」は違う制度
よく似た言葉に「予備審問」というのがありますが、これは英米法系の制度で「予審」とは違うものです。これは、捜査等は検察官などの捜査機関が行い、起訴の時点で、裁判官が捜査・訴追機関が提出した証拠を調べて、起訴の当否を判断する制度です。 

これに対して、「予審」では、予審判事自らが強制捜査権限をもって積極的に証拠を収集する捜査活動をします。「予備審問」では、捜査は第一次的に検察官等が行い、公判に付するかどうかの局面で、裁判官(多くは治安判事)が公平な立場で、起訴をするか否かを判定します。

世界の法体系には、大きく分けて大陸法系(シビル法系)と英米法系(コモンロー系)の二つがありますが、「予審」が大陸法系、「予備審問」が英米法系でみられます。今回、アギーレ問題の舞台であるスペインは大陸法系の「予審制度」であって、同国以外にフランス、イタリアなどヨーロッパを中心に多く採用されています。 

日本の旧刑事訴訟法(現行刑事訴訟法以前の刑事訴訟法)は、大陸法系の「予審制度」が置かれていましたが、戦後にコモンロー系が導入された際に廃止されています。 

■大陪審との違い
アメリカでは、「大陪審」という制度を耳にします。これは、一般市民から選ばれた陪審員で構成され、そこで起訴するか否かを決定するもので、「起訴陪審」とも言われています。かつてイギリスでも採用されていたようですが廃止され、それに代わって予備審問制度に移っています。 

■フランスの予審制度
今回のアギーレ問題は、スペインの予審制度なので詳細はよく分かりませんが、フランスの予審制度は日本にもよく紹介されています。フランスでは、法定刑が禁固10年を超える犯罪や複雑な事件が起きた場合に、検事が裁判所の予審判事に対して、犯罪捜査に相当する予審を請求し(告発のようなもの)、これを受理した予審判事は、直接に警察等に命じて証拠を収集させたり、被疑者を自ら尋問したりし、必要があれば捜索、差押や関係者の身柄拘束もできます。予審判事は、それら手続きを経たうえで、正式な裁判を開くかどうかを決め、嫌疑が不十分な場合などは免訴を行います。おそらくスペインでも同様の制度であろうと思われます。 

このように、予審判事は、極めて強力な権限を持っていることから、訴追の危険性を有する者からは煙たい存在です。フランスでは「大統領より強い」も言われ、イタリアなどでは、活躍し過ぎてマフィアから恐れられ暗殺された予審判事も多くいるほどです。また、スペインでは、昨年に、新しく就任したスペイン国王の姉である王女とその夫による公金横領疑惑を調べていた予審判事が、起訴を決めたことが伝わってきています。 

■「予審制度」の問題点~サルコジ大統領の廃止演説
予審制度は、本来は、濫訴などから被疑者の利益を守る制度として出発し、前述したとおり、大陸法系の下で発展してきました。しかし、近時のフランスでは、廃止論が議論されてきています。 

そのきっかけの一つとなったのは、「ウトロ事件」と言われるものでした。これは、フランス北部のウトロ市に住む元夫婦と近所の住民らが、10数名の児童に性的虐待を繰り返していたとして逮捕され17人が起訴されたものの、予審判事が単独で捜査に当たって、虚実入り混じった証言の渦の中で十数人が長期間拘留されたのちに、その大半が無実となったという大冤罪事件です。その冤罪は、捜査を指揮した予審判事が「暴走」したことに原因があったとされました。これを契機に、一人の予審判事ではなく一定の事件については複数の予審判事が行うように制度改正がなされましたが、予審制度そのものへの問題点としてなお議論されています。 

その後、フランスのサルコジ大統領が、2009年1月にパリ破棄院で行った年頭演説で、突然にいくつかの抜本的司法改革案を述べ、その中に予審制度を廃止するというものがありました。ただ、これは、大統領を含む政治家にとって、その不正疑惑を執拗に調べ上げる予審判事が邪魔なために、これを機会に廃しようと目論んだとも言われ、検察官が予審判事に全て置き換わるのがよいのかという議論も根強く、結局はとん挫したようです。 

■日本でもあった「予審」
日本の刑事司法に関しては、かつて大陸法系であるフランス法を継受したことから、明治13年公布の治罪法と大正11年公布の旧刑事訴訟法では、予審制度が採用されていました。 

しかし、糾問主義的(有罪無罪などの判断者と、犯罪を糾弾する者が分かれておらす、真実を解明し犯罪者を処罰するということが裁判官の役割とされ、対立構造は「裁判官 対 被告人」という図式)で、手続が非公開、被疑者の尋問には弁護人が立会うことが出来ず、そこでの予審調書が公判では無条件で証拠能力をもつとされ、人権保護の上で多くの問題がありました。このことから、戦後の日本国憲法下では、ドイツとともにこの予審制度が廃止されています。

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