大阪プライム法律事務所

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トヨタの外国人常務逮捕の衝撃

15.06.20 | 企業の法制度

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警視庁の組織犯罪対策課が、6月18日に、米国から麻薬の錠剤を輸入したとして、麻薬取締法違反(輸入)の容疑で、トヨタ自動車常務役員で米国人女性のジュリー・ハンプ氏を逮捕したとの報道は衝撃的でした。これを受けて豊田章男社長が記者会見をし、「世間をお騒がせすることになり、誠に申し訳なく思っております」と陳謝し、「捜査には全面的に協力する。今後の捜査を通じて、ハンプ氏に法を犯す意図がなかったことが明らかにされると信じている」などとコメントしました。(写真はイメージで本件とは無関係)

ハンプ氏は「麻薬を輸入したとは思っていない」と容疑を否認しているそうですし、現時点では大半の報道が警視庁発表情報に頼っていて、情報操作の可能性があり、うかつに評論はできません。しかし、文化や法制度、法感覚の違う外国人を役員として採用する際の一つのリスクとして考えていかねばならないという意味では、大きな課題を浮き彫りにした感じがあります。

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■容疑者となったハンプ氏は、トヨタ自動車初の女性役員で、GMやペプシコを経て、5年前に北米トヨタに入社、今年4月に日本のトヨタ自動車の常務役員に就任、渉外・広報担当を務めていたそうです。 

警視庁発表による逮捕容疑は、今年の6月11日に、米国から航空小口急送貨物で、「オキシコドン」と呼ばれる麻薬成分を含む錠剤57錠を輸入した疑いというものです。東京税関が、成田空港に届いた中身を調べ、錠剤を発見し、警視庁に通報したということです。 

■オキシコドン(oxycodone)とは
オキシコドンとは、アルカロイド系の鎮痛剤の一種で、アヘンに含まれる成分のテバインから合成されるもののようです。 

麻薬及び向精神薬取締法第2条で「麻薬」として指定されています。つまり、麻薬は同法の別表1で麻薬を列挙しているのですが、その第25として「ジヒドロヒドロキシコデイノン(別名オキシコドン)、そのエステル及びこれらの塩類」として明記がされています。 

同法は、通称「麻薬取締法」とか「麻向法」などと呼ばれていて、大麻取締法、覚せい剤取締法、あへん法と合わせて薬物四法の一つです。 

日本では、「オキシコンチン錠」「オキノーム散」(塩野義製薬製)、「パビナール」(武田薬品工業製)という商品名で販売されています。いずれも「医療用麻薬」として、医師の処方箋によって鎮痛剤として使われるそうです。

麻薬取締法第13条では、「麻薬輸入業者でなければ、麻薬を輸入してはならない。ただし、本邦に入国する者が、厚生労働大臣の許可を受けて、自己の疾病の治療の目的で携帯して輸入する場合は、この限りでない。」としています。

このように、許可を受けた業者でなければ、輸出入ができず、許可業者以外の者が輸入すると刑事罰の対象となります。

つまり、同法第65条で、麻薬を、みだりに本邦若しくは外国に輸入し、本邦若しくは外国から輸出し、又は製造した者は、1年以上10年以下の懲役に処するとしています。(ちなみに、ヘロイン=ジアセチルモルヒネについては、別の条文でより重い罰則になっています。)

このように、今回のオキシコドンは、上記に該当するので、仮に今回の輸入が犯罪の構成要件に当たるならば、1年以上10年以下の懲役ということになります。ちなみに、そこに営利性があれば、1年以上の有期懲役(情状により500万円以下の罰金が併科)とより厳しくなります。

■海外では
このオキシコドンは、麻薬の乱用防止のため、医療や研究などの目的で許可された場合以外での生産・供給を禁止するための国際条約である「麻薬に関する単一条約(麻薬単一条約)」に定められた麻薬でもあります。

■自分の病気の治療のためならばどうなのか
もし、このような薬が、自分の病気の治療のために携帯せざるを得ない場合は、どうしたらいいのでしょうか。今回のトヨタ常務さんが、アメリカ時代に処方されていて、日本での治療の目的を持って送ってもらっていた場合はどうなるかです。

また、例えば、海外で生活していた際には合法に使用できていた麻薬であった場合において、日本では輸入禁止であった場合、一時帰国時に治療継続のために持ち込みたい場合もあるかと思われます。

日本では、このような場合の例外制度として、医療用麻薬の携帯輸出入制度というものがあります。これによって許可を事前に得ておけば、これら医療用麻薬を「合法的に」持ち込むことが可能になります。

ただし、具体的な手続としては、病名や処方量などを記した「医師の診断書」と申請書を、入国日の2週間前までに提出する必要があるとされています。また、許可を得たとしても、許されるのはあくまでも「本人が入国する際に携帯する」場合に限られています。したがって、郵便等で輸入したり、知人に託したりすることはできません。

■日本で禁止されたものであったと知らなかった?
報道によると、ハンプ氏は「麻薬を輸入したとは思っていない」と述べているとのことですし、豊田社長も「ハンプ氏に法を犯す意図がなかったことが明らかにされると信じている」とコメントしたそうです。現時点では情報が少なすぎるので、あくまでも推測になりますが、もしかしたら、以下のような可能性はないのでしょうか。

①法律を知らなかった。
「送ってもらった物が違法な麻薬にあたるとは思っていなかった」=オキシコドンであることは分かっていたが、それが日本の法律で禁止された麻薬だと思っていなかった(日本の法律を知らなかった)。

②法律を誤解していた。
「治療として自己使用するだけなら違法になるとは思っていなかった」=オキシコドンであることは分かっていたが、自己治療用の少量なら許されると思っていた(日本の法律を誤解していた)。

③故意がない。
「依頼した物と送られてきた物が違っていて、麻薬=オキシコドンが送られてくるとは思っていなかった」=別の市販の鎮痛剤を送ってもらったはずだった(頼んだものと違うのが入っていた)。
「宝飾品を送ってもらっただけで、箱の中にそういった麻薬が入っていたとは知らなかった」=そもそも麻薬など輸入する考えはなかった。

④事実認識に錯誤があった。
「依頼した薬と送られてきた薬とは認識上は一緒だが、合法な市販の鎮痛剤と同じものだと思っていたのであって、その成分に禁止麻薬=オキシコドンが入っているとは思っていなかった」=頼んだものが違法な麻薬を成分とするものとは思っていなかった。

このうち、①②は、いわゆる「法の不知」と言われるもので、罪を免れる理由にはなりません。「法の不知は害する」という言葉があります。法格言のひとつで、簡単にいえば「そんな法律があるのを知らなかった」は通用しないというものです。本当に知らなかったとしても、それは、知らなかったこと自体が悪いとされていて、処罰されることになります。

なお、②は「法律の錯誤(違法性の錯誤)」ともいいます。法律上許されないことをしているにもかかわらず、行為者は許されていると錯覚することです。これも同じく、誤解していたこと自体が悪いので処罰されることになります。 

問題は、③④の場合です。

③については、そもそも「麻薬を許可なく輸入する」こと自体に故意がなければ有罪になりません。麻薬輸入罪は故意犯だけが処罰されるからです。全く知らないままに、輸入時の箱の中に、誰かが勝手にはめ込んでいたという場合は、故意がないことになり無罪になります。これは、窃盗に関して言えば、自分のカバンの中に誰かが勝手に他人の財布を放り込んでいたが、それを知らずに持ち帰ったとしても、その事実が状況から分かれば、「事実の不知」で故意がないので罪に問われません。「事実の不知は許されるが、法の不知は許されない」とも言われたりします。

④は、やや複雑です。
一般に、薬物関係法の犯罪の故意犯が成立するためには、犯人に対象物についてどの程度の認識のあることが必要かという問題があり、本件のような麻薬取締法違反については、対象物に対してどこまでの事実の認識が必要かは議論の余地があります。

この点については、麻薬不法所持罪が成立するためには、その薬品が麻薬取締法により所持を禁止された麻薬であり、かつ麻薬であることを認識しながらこれを所持していたことを必要とされています。この認識については単に麻薬たることの認識があれば足り、当該薬品の名称その化学的成分、効用等具体的性質の詳細までを認識する要はないとするのが判例です(昭和26年1月22日福岡高等裁判所判決)。判例実務上も、覚せい剤に関してですが、その輸入罪や所持罪等において、構成要件的故意として「覚せい剤であること」の認識が必要であると解されていますが、この認識がなかったという主張に対しては、経緯、状況等から「覚せい剤かもしれない」という未必の故意が認められるという認定がなされる例が多くあります。

今回で言えば、合法な鎮静剤と同じものだと思っていたとしても、その薬が麻薬=オキシコドンを含むものかもしれないとの漠然とした認識があったならば、罪を逃れられないものと思います。

いずれにしても、このあたり実際の事実関係がどうだったのでしょうか。これから、きちんと弁護人もついて、適正な捜査がなされることを期待したいと思います。ぜひ、取調べが適正に行われるかを監視するためにも録画をお願いしたいところです。

■外国人役員採用リスク
外国では合法なものであっても、それを日本に持ち込めば違法となるようなものがあります。法で禁止されているか否かについて、知らないというケースも多いと思われます。このことは、企業の役員でなくても、外国人一般のリスクではありますが、大企業の役員ともなれば、それによる法律違反は、コンプライアンス重視が求められている状況下では、企業としての痛いダメージになることが十分あるということを、学ばせる事件だと思います。

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